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Channel: デ某の「ひょっこりポンポン山」
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旧いアルバムめくり・・・ミレニアム年「イタリアの旅」

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 このブログには旅行記として3年前の「リタイア記念トルコ紀行」、2年前の「バルト三国の旅」をUPしています。今回の「ミレニアム年 イタリアの旅」は、中身も写真も色褪せ旅行記としての価値はありません。単なる私史の一部にすぎないことを予めおことわり申し上げます。



 首を洗って~首をすくめて~胸熱く・・・

 私は、仕事の関係と飛行機嫌いが重なり「生涯!日本を出ない」筈でした。しかし息子が社会人になる年の春、『家族で海外に行くラストチャンスですよ』と妻に言われ重い腰を上げました。旅行プランも手続きもすべて妻にまかせ、出発の日を首を長くして、否、首を洗って?・・・待ちました。

 行先は、妻と息子が行った国を外すとなんとなくイタリアに決まり、関空出発の日(2000.2.6)を迎えました。それにしてもロビーから見たアリタリア機はいかにも古く「飛ぶのかよぉ・・・」。機内には行儀の悪い団体さんもいて厭~な感じでしたが、お蔭で離陸の際は「早く飛んでぇ~」気分になっていました。

 ミラノは濃霧に包まれ数m先も見えません。よく着陸できたなぁ・・・と。が、更に空路ヴェネチアへ。もうカンニン!と泣きを入れましたが、誰も聞いてくれません(聞くわけないか・・・)。また首を洗って、否!首をすくめて離陸・・・やはり濃霧のヴェネチアに着陸すると期せずして拍手が湧きました。

 空港からバスでローマ広場へ、更に運河をボートでホテルへ。この時、夜のヴェネチアを眺めながら『あぁ とうとうに海外に来たんやなぁ』と胸が熱くなりました。大袈裟な!と? いいんです、事実!そうだったんです。生涯来る筈のなかった海外、それもイタリアくんだりまで来たのですから・・・。

  
 ヴェネチアの玄関ローマ広場   街中至るところに大小の運河  石文化の国に木のアカデミア橋   

 ヴェネチア・・・よくぞ海の上にこんな大都市を! 

 翌朝はホテルから歩いてサンマルコ広場へ。依然として深い霧に包まれていましたが、『なんや知らんけど広いとこに出たんとちがう?』と話していたら、そこがサンマルコ広場でした。広場の多いヴェネチアでもドゥカーレ宮・サン・マルコ寺院・鐘楼に囲まれた最も絵になる有名な広場です。

 ドゥカーレ宮は、壁という壁に大きな絵がドゥカーン! 「〇〇の間」が並び、日本であれば「これ一枚あれば入場者が絶えない」ような大作がドゥカーン!と何十点もあります。宮殿に限らず名もなき教会にもティツィアーノの500号(一辺約3.3m)a)超!級の絵が普通に架けられています。

 広場に面したヴェネチアングラス工房を訪ねると、小さな花瓶に30万!の値札。ユーロではなくまだリラの時代、30万リラが2万円弱でした。更にゲーテも滞在中しばしば立ち寄ったというカフェフローリアンに。気取ってカフェテラスでカプチーノ!の予定でしたが、余りに霧が深く断念・・・。

  
  サンマルコ広場にて・・・寺院(左)と鐘楼(右)            小運河にそって散策    

 ヴェネチアでは車は使えず徒歩か船です。当然、歩いてまわりました。橋の多いヴェネチアで最も有名なのはリアルト橋ですが、イチオシは石文化の国の木製のアカデミア橋。ここで米国人夫婦に声をかけられました。日本も訪ねたそうですが、「錦帯橋も知ってる」・・・とは呉の軍人さんだった?

 島の突端のサンタマリア・デラ・サルーテ教会まで行くと眼前に大運河とアドリア海を頻繁に出入りする船が見えます。対岸にはサンマルコ広場の鐘楼も…。海を眺めながら「よくぞ海の上にこん都市を造ったものだ、それも日本で言えば邪馬台国の時代から営々と・・・」と、唸っていました。

 ルネッサンスの古都フィレンツェ

 ルネサンスの名作は何と言ってもウフィッツィ美術館(下右写真)。アグリッパ像が廊下に無造作に置かれていますし、初めて見たときは結構!ときめいたボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」、ダ・ヴィンチ「受胎告知」など、ここで「神聖なものを人間的に描く」ルネサンスの人間復興の意味を実感しました。

 ツァー定番の「土産物屋さん訪問」を脱け、「花の聖母教会大聖堂のクーポラ(円天上)」へ狭くて長いタフな通路を身を折り曲げて昇りました(下左写真・・・右上はクーポラに昇るチケット)。フィレンツェの景観は数百年にわたり殆ど変わらないそうで、屋上からの眺めはルネサンス時代の光景そのままです。

 クーポラは高さ107m。妻は高所恐怖症ですが、神様のご恩寵でしょうか、いつもと変わりなく・・・。カナダ人の女性と景観の美しさについて嬉しそうに語り合っていました。大聖堂の隣は「ジッョトの鐘楼」(下中写真)。クーポラよりやや低いのですが、クーポラを眺めるにはこちらがいいでしょう。

  
サンタマリア・デレ・フィオーレ(花の聖母)教会        教会と対のジョットの鐘楼        ルネッサンスの宝庫ウフィッツィ美術館  

 フィレンツェ市内に入る前に小高い丘「ミケランジェロ広場」から街を一望しました。ここと街中のシニョーリア広場のミケランジェロ作「ダビデ像」は模造品で本物はアカデミア美術館にのみ。普通、前からの写真が多いのですが、ダビデのGood-back!もバッチリ見ましたが(でもその写真はない・・・)

 アカデミア美術館でタビデ像以上に目をひかれたのは、ミケランジェロの制作途中の作品が幾つも無造作に置かれている光景でした。奈良の唐招提寺にもそうした制作途中の仏像がたくさん並んでいたのを思い出しました。こういう半製品?の価値とは如何様なものでしょうかねぇ・・・。

 F.アンジェリコ「受胎告知」のあるサンマルコ美術館は、アカデミア美術館のすぐ近くです。この絵はフレスコ(英語では"Fresh")画で、半乾の壁に描き乾燥とともに定着させた壁画ですからここでしか見れません。階段を上り踊り場に出ると突然!遭遇する「受胎告知」に立ち盡しました(撮影不可)

    
 シニョーリア広場のダビデ像(模造)前にて     アカデミア美術館の本物のタビデ像         ピッティ宮(パラティーナ美術館)

 宝石店が並ぶヴェッキオ橋(下右写真後方)。橋を渡るとGUCCIなどのブランド街に出ますが、この橋の内部には通路があり非公開の画廊になっています。なお、ここの橋にあるお店で、結局!何も買わなかった私達にデブっちょの女店主は「Strange people」と悪態をつきました。厭~な感~じ!

 ピッティ宮(上右写真:パラティーナ美術館)は、ウフィッツィほどではありませんが、有名な絵がゴロゴロ・・・。メディチ家の富の莫大さが窺われます。庭園も壮大で富豪好み、ワビサビなどという価値観とはおよそ無縁です。利休の嫌った豪華絢爛好みの秀吉、信長には恰好の庭園かも・・・。

 ピッティ宮の近くでランチをとりました。パスタはどのお店でもどんな種類でも美味です。食事が終わり覚えたてのイタリア語で「イル・コント・ペルファボーレ(お会計をお願います)」。なお、フィレンツェで泊まったホテルはかつて国会議事堂でした。こういうところがいかにも「歴史の街」です。

 
       大聖堂クーポラから眺めたフィレンツェ市街          ヴェッキオ橋(後方)の近くで 

 オルヴィエートは小高い丘の上にある城塞都市で、ケーブルカーで登ります。そこの大聖堂(下写真)がまた凄い! 200~300年かけて築造も・・・なお建築途上、未完の大聖堂です。キリスト教文化には気が遠くなります。イエスの血を拭った聖布が祀られているそうで、なかなか・・・。

 大きさのイメージとして下左写真の下方の人物と見較べを・・・。てっぺんまでは更に数倍あり、見上げていたら台風並の強風に危うく飛ばされそうでした。ここの地産ワインは小瓶1本2000リラ(120円)、店主が丁寧に包んでくれました。私「グラーツェ(ありがとう)」、店主「プレーゴ(どういたしまして)」。

 
             要塞のような小高い丘の上にあるオルヴィエートの大聖堂

 オルヴィエートを後にしてローマへ。バスの中でツァーの皆さんはよく寝てはりましたけど、私は車窓から見る美しい村や町、畑や果樹園、空と雲と山並み・・・に見とれていました。車内に流れていたグレゴリオ聖歌も・・・この朝ちょっとした家族内の諍いに荒んでいた心を癒してくれました。

 快晴のローマ、日本とまるで異なる空の深い青にはローマで最も魅せられました。コロッセオ(下左写真)ではスタンドから当時の檻を見下ろしながら、ここにローマ人が集い格闘(殺し合い)を見物したのか!と思うと鬱陶しく、一方ここが廃墟であった頃は猫の棲家だったとの話には寛ぎました。

 コロッセオからバチカンまでは歩きました。道傍にかつての英雄や芸術家の銅像が並んでいます。シーザー像さんとご一緒しました(下中写真)。更に行くとフォロロマーノ(下右)。が、なんたるちあサンタルチア、シェスタ(昼休み)で入れない由。シェスタは2~3時間・・・ノロロマーノ!と呟き諦めました。

  
     コロッセオにて            シーザー像と・・・        入れなかったフォロロマーノ      

 バチカンの壮大さには私も圧倒されましたけど、天正の少年使節団もキリスト教文化にさぞ驚愕したことでしょう。大聖堂のミサでは敬虔な信者さんが十字を切り床に口づけを・・・。聖堂の一隅にはミケランジェロ「ピエタ」像が白く美しく輝いていました。さすがにガラスで遮蔽されていましたが・・・。

 ローマ最大の収穫は折しも開かれていた「ダリ展」です。街を歩いていて偶々知りました。会場に入ってビックリしたのは廊下の折畳机!にぎっしり並べられたダリ作の紙細工。独特の造形の飛行機や船などがテキト~に置かれていました。勿論!ホンモノ! 「よくやるなぁ」と脱帽・・・。

 美術館にもトイレがないとは・・・。係員に訊くと、こともなげに「向かいのバール(喫茶店)で借りてくれ」と。まぁ仕方なくバールに行きエスプレッソを立ち飲み(椅子に座ると高くなる!)、トイレ代(1000リラ)を払いました。イタリア人って膀胱が大きいのでしょうか? え? 日本人が小さ過ぎる?

  
   バチカン前の広場にて     大聖堂のミサに向かう神父さん     「ダリ展」会場前にて

 カフェグレコ(下左写真)。1720年創業のヴェネチアのカフェ・フローリアンについで1760年創業、イタリア二番目の老舗カフェです。ゲーテ、スタンダール、メンデルスゾーンなど偉大なアーティストが訪れたほか、2000年にはデブと某医ご一家が訪れた有名なカフェにございます。 

 下中写真はスペイン階段の「裏」・・・表に較べるとさすがに観光客も少ないです。この近くにある有名な手袋屋さんに入りました。女店員さんがなんと日本語で「手を見せて下さい」と。手を一目見て手袋を数点並べ、「いかが?」。大きさも好みも実にピッタリの皮手袋を2点・・・お買い上げ~!

 数少ない写真をさがし記憶を辿りながら…の旅行記、もしお読み下さった皆さん、ありがとうございました。定番のトレビの泉で後向きコイン投げ(写真下右)もしましたので、もう一回行ければ、もっといい写真を撮りたいと思います。でも・・・行けるかなぁ。。。無理かもなぁ。。。

   
      カフェグレコ            スペイン階段の裏側           トレビの泉

 【旅行記一覧】 ・・・ カテゴリー「旅行記」総目次です。

 リタイア記念トルコ紀行(1~3) バルト三国の旅(1~3)
 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e

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