主人「シマがここに来て何年になるかなぁ」。細君「10年は超えるんじゃない?」。それを聞いて、久しぶりに来ていた主人の息子(吾輩の元主人)「まあ14歳ってところ」。吾輩、トシにはとんと無頓着であったが、この際!少し頓着してみたくなった。
14歳ってことはキャットイアー数式「20+(猫の年齢ー1)✕4=猫の人間年齢」に当てはめれば72歳、ほぼ主人と同い年ってことになる。結構!トシとってるわけだ。てことは「死支度」とは言わないまでも、死について少し考察する年齢ではある。
吾輩の素早い所作に主人の反射神経は追いつかない。ちなみに吾輩の胸元あたりが主人のデバラ!
で、主人の書棚にあった三十数年前の佐藤愛子「こんな風に死にたい」を読んでみた。そこで彼女は死について『自分が死んでもこの庭はこのままありつづけ、日は照り、人々は生きている。自分ひとりだけがいなくなるのだ』と・・・孤独の恐怖!になぞらえる。
そう言えば白血病で亡くなった主人の元同僚が『一度、生死の境をさまよった夜、妻に会いたいとか息子や娘に会いたいとか、意外にも思わなかった。ただただ無性に寂しく、大阪のキタかミナミ、繁華街の雑踏の中に行きたいと思った』と主人に話した由。
実際に死んでから書かれた本は何処にもない。あればベストセラー間違いなしだが・・・ない。見てきたように書かれた本は幾らでもあるが、なんのエビデンスも・・・ない。「恐怖」とか「寂しさ」とか・・・あくまで生きている世界の感想であることは間違いない。
半年にわたるお隣の新築工事が終わり安堵していたら 主人の孫娘の3週間逗留・・・あぁ
『医学が進歩して、不治とされた病を癒し、苦痛をやわらげ、来るべき死の時を延ばしてくれると、我々は死について考えることもしばしば延ばし延ばしにしてしまう』。愛子さん、なかなか巧いこと言う。が、しかし、誰にも来るべき時に死は間違いなく来る。
勿論!猫にもその時は来る。猫は生まれながらにある程度・・・潔い覚悟ができている生きものゆえ、人間ほどジダバタしない。宗教にも哲学的瞑想にも染まらない。ただ「眠り」という死を疑似体験する時間は、人間よりはるかに濃密で深いことは間違いない。
ところで愛子さん、瀬戸内寂聴さんに「お坊さんになるよう」奨められたそうだ。あなたの顔は坊主に向いてるわよ、似合うわよ、と。が、愛子さんは俗っぽいお人柄である。どうもその気にならなかったらしく 詠んだ一句は『煩悩の頭剃りかね昼寝する』。
QPの描く・・・生命力あふれる不思議の世界
三寒四温。桜の蕾が膨らみつつある。そんな季節になるとなぜか「パッヘルベルのカノン」を聴きたくなる。別に桜と縁のある曲ではないが、桜の華麗にして儚い風情が似合うのだ。このパッヘルベルさん、他にこれ!と言う作品はないが、十分!であろう。
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【過去ログ目次一覧】
吾輩も猫である~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
吾輩も猫である~80 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/dce7073c79b759aa9bc0707e4cf68e12
吾輩も猫である81~140 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/f9672339825ecefa5d005066d046646f
吾輩も猫である141~ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/b7b2d192a4131e73906057aa293895ef
人生の棚卸し http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/ddab58eb8da23a114e2001749326f1f1
かんわきゅうだい(57~) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/20297d22fcd28bacdddc1cf81778d34b
かんわきゅうだい(~56) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a0b140d3616d89f2b5ea42346a7d80f0
閑話休題 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/c859a3480d132510c809d930cb326dfb
腎がんのメモリー http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/bee90bf51656b2d38e95ee9c0a8dd9d2
旅行記 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e
新聞・TV・映画etc. http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a7126ea61f3deb897e01ced6b3955ace
ごあいさつ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/7de1dfba556d627571b3a76d739e5d8c
14歳ってことはキャットイアー数式「20+(猫の年齢ー1)✕4=猫の人間年齢」に当てはめれば72歳、ほぼ主人と同い年ってことになる。結構!トシとってるわけだ。てことは「死支度」とは言わないまでも、死について少し考察する年齢ではある。
吾輩の素早い所作に主人の反射神経は追いつかない。ちなみに吾輩の胸元あたりが主人のデバラ!
で、主人の書棚にあった三十数年前の佐藤愛子「こんな風に死にたい」を読んでみた。そこで彼女は死について『自分が死んでもこの庭はこのままありつづけ、日は照り、人々は生きている。自分ひとりだけがいなくなるのだ』と・・・孤独の恐怖!になぞらえる。
そう言えば白血病で亡くなった主人の元同僚が『一度、生死の境をさまよった夜、妻に会いたいとか息子や娘に会いたいとか、意外にも思わなかった。ただただ無性に寂しく、大阪のキタかミナミ、繁華街の雑踏の中に行きたいと思った』と主人に話した由。
実際に死んでから書かれた本は何処にもない。あればベストセラー間違いなしだが・・・ない。見てきたように書かれた本は幾らでもあるが、なんのエビデンスも・・・ない。「恐怖」とか「寂しさ」とか・・・あくまで生きている世界の感想であることは間違いない。
半年にわたるお隣の新築工事が終わり安堵していたら 主人の孫娘の3週間逗留・・・あぁ
『医学が進歩して、不治とされた病を癒し、苦痛をやわらげ、来るべき死の時を延ばしてくれると、我々は死について考えることもしばしば延ばし延ばしにしてしまう』。愛子さん、なかなか巧いこと言う。が、しかし、誰にも来るべき時に死は間違いなく来る。
勿論!猫にもその時は来る。猫は生まれながらにある程度・・・潔い覚悟ができている生きものゆえ、人間ほどジダバタしない。宗教にも哲学的瞑想にも染まらない。ただ「眠り」という死を疑似体験する時間は、人間よりはるかに濃密で深いことは間違いない。
ところで愛子さん、瀬戸内寂聴さんに「お坊さんになるよう」奨められたそうだ。あなたの顔は坊主に向いてるわよ、似合うわよ、と。が、愛子さんは俗っぽいお人柄である。どうもその気にならなかったらしく 詠んだ一句は『煩悩の頭剃りかね昼寝する』。
QPの描く・・・生命力あふれる不思議の世界
三寒四温。桜の蕾が膨らみつつある。そんな季節になるとなぜか「パッヘルベルのカノン」を聴きたくなる。別に桜と縁のある曲ではないが、桜の華麗にして儚い風情が似合うのだ。このパッヘルベルさん、他にこれ!と言う作品はないが、十分!であろう。
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吾輩も猫である~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
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