8月。6日は広島に、9日は長崎に原爆。15日は無条件降伏。父は広島から遠くない呉にいました。軍港ですから呉が標的であっても不思議ではありません。母は境港にいました。軍港の一つであり航空基地もあり、すぐ近くの松江も原爆投下の候補地でした。
ある画家の描いた出雲半島を眺める弓ヶ浜(境港)。埋立によりこの風景はもうありません。
毎夕ジョギング&ウォーキングをします。昨夕、消火栓の端の凸に少しひっかかりました。十分リカバリー可能な程度の躓きだと思いました。が、タタラを踏み つんのめり もんどりうって道端の植込にひっくり返りました。少なからずショックでした。
読書量が極端に減りました。そもそも書を買わなくなりました。専ら図書館を利用します。書店でほしい書を数冊抱え懐と相談していたのは既に昔の話です。PCに向かう時間が増えました。妻は険しい目で私を見ています。少し考える時期かもしれません。
風鈴の音色をとんと聴かなくなりました。お祭の露店や百均で売られています。みなさん「買ってまで」と思うのでしょう。部屋は風の通る造りではありません。場合によっては「煩いからやめてください」と言われるかもしれません。そういう時代なのです。
郷里の「港まつり」では花火が夏の大きな楽しみでした。「日の丸食堂」でアイスクリームと三ツ矢サイダーを注文するのがわが家の恒例でした。ある夏、家の何かの事情でその恒例が流れました。小学校の低学年の頃・・・拗ねて暫く家出しました。
花火!ではありません。沖縄の水辺に一夜限り咲く「サガリバナ」です。
※ ・・・ All painted by QP.
吉田拓郎。好きな方はとことん好きなようです。私は嫌いでした。私より年上ですが、「中途半端で斜めで小生意気なヤツ」と苦々しく思っていました。なぜでしょう、60を過ぎてから少し変りました。「今日までそして明日から」をえぇなぁと聴いています。
『私は今日まで生きてみました…私には私の生き方がある/それはおそらく自分というものを知るところから始まるものでしょう/けれどそれにしたってどこでどう変わってしまうか/そうです わからないまま生きてゆく/明日からのそんな私です…そして私はいま思っています/明日からもこうして生きてゆくだろうと』
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