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Channel: デ某の「ひょっこりポンポン山」
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吾輩も猫である 101 ( 主人になりかわり… )

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 主人が復帰し 吾輩としては暫く猫(寝子)に徹する筈だったのだが・・・主人ときたら「かんわきゅうだい2」をUPして例によって僅か一日で削除、またズル休みをきめこんだ。ここは仕方がない・・・吾輩が主人の代わりをつとめることとしよう。尤も、寝起きゆえロクなことは書けないが・・・。


 
  前記「かんわきゅうだい2」では、主人が朝日新聞の世論調査の対象となったことに触れ、映画「ヒトラー最後の一日」の1シーンをパロった You tube.を紹介していた。世論調査の結果は23日付朝刊に発表され、アベ内閣の支持率低落と安保法制への否定的な世論が明らかになったようだ。

     改めて映画「ヒトラー最後の一日」をパロった You tube.を紹介しておこう
  

 ジャーナリズムの「視点」
 日本の政治について本多勝一氏は「東京新聞・北海道新聞・琉球新報か沖縄タイムスを読めば概ねわかる」 と・・・。残念ながらそれらを読む機会は殆どないが、氏がそう書かれるのは記事の一々ではなくその「視点」にあろう、首都東京と地方とりわけ虐げられた歴史の沖縄県民の視点に・・・。

 昨日の国会論戦より・・・
 政権に批判的な新聞を「懲らしめる」「経団連に働きかけ広告をやめさせる」「沖縄の二つの新聞は潰さねばならない」。挙げ句、「米兵が犯したレイプ犯罪より沖縄人が起こしたレイプ犯罪の方が多い」とのNHK経営委員の講演を「大変拝聴に値すると思う」。なんたるちあ!サンタルチア!

 危急存亡の議論・・・
 日本の危急存亡に際し如何なる備え(法制度・軍備等)をすべきか・・・。言わば国(民)の「リスク論議」が喧しい。大いに議論すれば良かろう。が、批判的な新聞を懲らしめ、夥しい米軍基地に「出てほしい」沖縄県民を遠回しながら犯罪者呼ばわり・・・。これが議論!なら「危急存亡の議論」だ。

 「歴史秘話ヒストリア」
 NHKの肩を持つ気はさらさらないが、「歴史秘話ヒストリア」7月1日(水)午後10:00放送分は、吾輩がテーマである! とはチト言い過ぎも、漱石「吾輩は猫である」の誕生秘話だそうで、この猫のために肩身の狭い吾輩としては興味津々也。まぁいずれ吾輩の誕生秘話も書かれねばなるまい。

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【過去ログ目次一覧】
 ごあいさつ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/7de1dfba556d627571b3a76d739e5d8c
 腎がんのメモリー http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/bee90bf51656b2d38e95ee9c0a8dd9d2
 旅行記 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e
 閑話休題 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/c859a3480d132510c809d930cb326dfb
 かんわきゅうだい http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/fc097a4075321467058686ab38d323b7
 吾輩も猫である01~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
 吾輩も猫である41~80 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/dce7073c79b759aa9bc0707e4cf68e12
 吾輩も猫である81~ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/f9672339825ecefa5d005066d046646f

かんわきゅうだい 2 ( 間話旧題 ) 「ポケットいっぱいの秘密」

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 番組紹介にそそられて・・・
 先夜放映された「日本音楽史~松本隆の名曲に隠された秘密」(BS朝日)。「木綿のハンカチーフ(太田裕美)」「赤いスィートピー(松田聖子)」など数々のヒット曲で知られる作詞家を取り上げた番組でした。左程興味がある人ではありませんが、新聞の番組紹介に興味をそそられました。

 出発点は「はっぴいえんど」
 松本隆は、ロックバンド「はっぴぃえんど」の元メンバー(ドラムス)で、他に細野晴臣、大瀧詠一ら日本の現代音楽史に関わる人々がいます。まぁ、私が知らなかっただけかもしれませんが・・・(笑)。はっぴいえんどの代表曲「風をあつめて」は、松本隆の詞に細野晴臣が曲をつけました。

 風をあつめて・・・ 
『・・・風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて 蒼空を翔けたいんです 蒼空を』。東京・青山で生まれ育ち、その界隈を自ら「風の街」と言っていたそうですから、詞の隅々にそんな気分があふれています。私なら 『風をあつめて碧空を描きたいんです』 としたいところですが・・・。

 
  わが庭の半夏生               やっぱりQP描く半夏生には遠く及びません

 裏切者 
 彼がロック界から歌謡界へ飛躍(ドロップ?)した第一作がアグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」。当時、ロックやフォークは純粋に音楽を究める「コチラ側」、歌謡曲は金儲けをめざす「アチラ側」と呼ばれていたそうで、コチラ側にとってはアチラ側に行った言わば裏切者でした。

 歌詞に秘められたのは・・・
 そんな彼がこの「ポケットいっぱいの秘密」に仕掛けた小さな秘密とは・・・勿論!この歌詞に秘められています。 『秘密/ないしょにしてね/指きりしましょ/誰にもいわないでね/秘密/ちいちゃな胸の/ポケットのなか/こぼれちゃいそうなの』・・・ここまでは秘密はありません(笑)

 とりあえず「クイズ」ということで・・・
『あなた草のうえ/ぐっすり眠ってた/寝顔やさしくて/好きよってささやいたの』・・・ここに秘密があります。アグネス・チャンにはデビューから6曲目、まだ若い頃の作品ですが、今まで数限りなく歌ってきたのに知らなかったそうです。さて・・・取り敢えず答は伏せておきます(笑)

   

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目次④-2 「かんわきゅうだい」 ・・・ 1~2

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1. 「カテゴリー」の中に各々「目次」をつくりました。
2. 各々にリンク(URL)が貼ってありますので ワンクリックで行けます。
3. コメントいただいた方のHNを各々の項に記しています。

【 カテゴリー ・・・ かんわきゅうだい 】 2015..6.13~2015.7.1

1.(緩話窮題)「リニューアル」 (2015-06-13)
   お休みした後の復帰?第1作。半泥子・紫陽花・安保法案・・・平和な日本でありますように!
   <コメント> ふきサン、ヒゲジイさん、お母ちゃんさん、himikoさん、Rarudoさん、リーのママさん、六花さん、沙羅さん、michiさん、Anneさん、讃岐さん、花世さん、桃さん
   http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/fc097a4075321467058686ab38d323b7

2.(間話旧題)「ポケットいっぱいの秘密」 (2015-7-1)
日本音楽史~松本隆の名曲に隠された秘密(BS朝日)。はっぴいえんど「風をあつめて」。
   <コメント> 婆ちゃんねるさん、pukarikoさん、桃さん
   http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/e530b0a9f5a475d8816fb810bb0c3932

吾輩も猫である 102 ( 漱石と細君と猫 … 歴史秘話ヒストリア)

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 先夜の歴史秘話ヒストリア「漱石と妻と猫」、多くの方にご覧いただいたようだ。桃さんに至っては放映2時間後にはブログUPされ吾輩も舌を巻いた。要は、文豪夏目漱石が細君鏡子を如何に愛し、細君もまた漱石をこよなく愛した・・・ってことだろう。吾輩は余り出る幕がなかった(涙)
 


 漱石の細君は、猫が大の苦手・・・たま~にここをお訪ね下さる夢子さんのような女性なのかもしれない。例の「吾輩は・・・」にも「いやな猫ねぇ」と・・・(↓写真左)。そりゃ猫好きがいるように、猫が苦手の人間がいても不思議はない。ま、これには後日談があるので、深くは追及しない。

 倫敦留学中、「淋しい」「会いたい」なぞと細君に熱~い手紙を書いた漱石。その淋しかった倫敦から帰国すると、ますます神経衰弱が昂じる。が、細君の天然の明るさと例の野良猫が漱石家に棲みつくと漱石も次第に気分がすぐれ、雑誌「ホトトギス」に「吾輩は猫である」の連載を始める。

 ↓写真中は、連載後に出版された単行本(明治38年)。初版本(上・中・下巻)は今やオークションで600万円の値がつく。ちなみにその右は現在出版されている文庫本で660円である。ちなみにちなみに吾輩の主人が持っている初版第一刷の本は本多勝一「文筆生活の方法」(関係ない!)



 ↓写真左は漱石の細君による「漱石の思ぴ出」。番組は概ねこの書から引用されているようだ。番組では細君の「天然ぶり」が好ましく描かれていたものの、彼女の姉妹たちもそうらしいが、何でも率直にものを言うタイプゆえ巷には「悪妻」説がある。ま、この番組で「良妻」に変わるかも・・・。

 漱石の孫の夏目房之介(漫画家)によれば、「性格に裏表がなく慈しみの気持ちの強い、子や孫に慕われる良き母、良き祖母」であった由。出入りする書生達にもお金を融通するなど「男気?」の一面も窺われる。なかなかえぇ女や内科医。勿論!わが主人の細君もなかなかえぇ女やけどな・・・。

 ↓写真中は漱石夫妻が暮らした家。漱石家を度々訪れたかの猫、漱石の病気恢復を祈願して貰った祈祷師の「爪の黒い福猫」のご託宣で飼い猫に・・・。病気が治ったのも福猫のお蔭と猫嫌いが一変、細君はこの猫が亡くなった後も爪の黒い福猫を飼いつづけた。吾輩の爪? 心と同じく黒くない!

 ↓写真右は漱石家の「猫の通り道」。小説では邪険にしていたように見えるが、なかなか猫好きの人物と見た。なお「坊ちゃん」に登場する下女(きよ)は、この細君がモデルだとの説がある。なんやかや言いながら、漱石はん、細君を思い遣るところは・・・わが主人とよう似てる!と言っておこう。



 主人と一緒に「ヒストリア」の録画を視終わってサッカーを見た。丁度後半45分を過ぎロスタイム(3分)へ・・・。その時、なんとなんとなでしこさん、イングランドのオウンゴ~~ル!で決勝進出と・・・。それはまぁめでたいこととして、泣き崩れるバセットはんが気の毒で気の毒で・・・(泣)


 
                ※写真・・・猫及び現在の文庫本を除いてはNHK画像より

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かんわきゅうだい 3 ( 歓話久題 ) 「 三つの舞台 」

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 10日間に三つの舞台・・・関西二期会によるオペラ「アンドレア・シェニエ」、藤岡幸夫指揮による関西フィルハーモニー「七夕コンサート」、グループる・ばるのお芝居「蜜柑とユウウツ~茨木のり子異聞~」を見ました。それぞれ新鮮な驚きと心を激しく揺さぶる刺戟あふれる公演でした。



 関西二期会のオペラ「アンドレア・シェニエ」
 
 フランス革命を舞台とした実在の詩人の恋と死を描く全4幕のオペラは、イタリア人(U.ジョルダーノ)の作曲でイタリア語で上演されます。日本人の感覚にはやや違和感がありますが、イタリアを舞台とした「ヴェニスの商人」が英国のシェークスピアの作品であることと同様かと・・・。

 日本で創られる多くは室内オペラで、「ボリューム感を欠く」印象がありました。しかしこの本格的なオペラの舞台は、指揮・演出こそイタリア人ながらオケも出演者も総て日本製(笑)。日本の(関西の)オペラってこんなにも水準が高く力感あふれるものだったのかと、不明を愧じました。

 ソリストはいずれもオーケストラに伍し都度に期せずして拍手と歓声を呼びました。群衆を兼ねた合唱の三十余人も特筆すべき自然で豊かなアンサンブルでした。公演後の打上げでは、ソリストはじめ総ての人の表情に満足感、達成感が顕れていたことが公演の成功を如実に物語っていました。

 関西フィル・・・チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲(作品35)」

 曲目はロッシーニ「アルジェのイタリア女」(序曲)、チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」、ベートーヴェン「交響曲Ⅵ:田園」。所用のため「田園」が聴けなくて残念でしたが、公開されたゲネプロ(リハーサル)から聴くことができ、公演では得がたい貴重な機会に感謝!でした。

 ゲネプロではいきなりハンガリー舞曲。え?曲目にありませんけど・・・アンコールに応えるためと聞きナットク(笑)。「田園」は指揮者の藤岡さんが「好きだから」。ちなみに1~9番では「5番(運命)はやりたくない」「指揮者も奏者もぎりぎりまで追込まないと演奏できないから」と。

 このヴァイオリン協奏曲は誰もが一度は聴いたことのある屈指の名曲。関フィルと初共演の川久保賜紀さんは、主旋律を繰返しつつつ烈しさと甘い旋律が要所に散りばめられたこの曲が「好きでたまらない」演奏ぶりでした。前記アンコール曲は、この曲のスラブ的な雰囲気にあわせてか・・・(笑)     

 三つの舞台で最も印象的であった「蜜柑とユウウツ~茨木のり子異聞~」

 松金よね子、岡本麗、田岡美也子の三女優が主宰する劇団「る・ばる」公演は、この日が全国公演の千秋楽。三人は「超民主主義」で、三人が一致しないとどんな企画も実現しないのだそうです。詩人「茨木のり子」は三人がすぐ一致し長田育恵に脚本を、マキノノゾミに演出を依頼した由。

 私にとっていわゆる「現代演劇」の公演は四十数年ぶり、ブレヒト作「三文オペラ」(青年座:京都会館)以来です。泉晶子さんの際立つ美しさが今も印象に残ります。対して三人の老獪な?女優さん・・・正直!期待していませんでしたが、「チケット完売」と聞き俄かに興味を持ちました(笑)

 それにしても55歳のマキノノゾミが演出を依頼されるまで「茨木のり子を知らなかった」とは意外でした。「知ってる」とか「知らない」ってことは案外!そんなことなのかもしれませんね。でも演出家が「知らなかった」感受性?が、この芝居を輝かせた隠し味だったのかも知れません。

      

 劇中に詩「いまはじまる新しいいま」を書いた川崎洋※、詩「死んだ男の残したものは」の谷川俊太郎らが登場する場面は、不思議なほどキラキラ輝いていました。そして場面々々の狭間に朗読される詩のなんと心に響くこと・・・詩とはこんなにも輝き心を躍らせるものだったのでしょうか・・・。
   ※「吾輩も・・・45」で少し・・・⇒ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/0621c00242bb3b892ff807130afba7dc 

 『死んだ男の残したものは/一人の妻と一人の子供
     他には何も残さなかった/墓石ひとつ残さなかった
  死んだ女の残したものは/しおれた花と一人の子供
     他には何も残さなかった/着物一枚残さなかった
  死んだ子供の残したものは/ねじれた足とかわいた涙
     他には何も残さなかった/思い出ひとつ残さなかった
  死んだ兵士の残したものは/こわれた銃とゆがんだ地球
     他には何も残さなかった/平和ひとつ残せなかった
  死んだ彼らの残したものは/生きてる私 生きてるあなた
     他には誰も残っていない/他には誰も残っていない
  死んだ歴史の残したものは/輝く今日とまた来る明日/
     他には何も残っていない/他には何も残っていない』

 劇中・・・あの頃!を語る時、「アンポハンタイ!キシヲタオセ!」と叫ぶデモの音声が幻のように流れます。現総理の祖父である当時の「岸」総理、当時の「60年安保(条約)」と現総理がひた走る「安保法制」・・・半世紀余を経た「二つの戦後」が「新しい戦」を呼ぶことのなきように・・・。

 本田路津子「死んだ男の残したものは」


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吾輩も猫である 97 ( 母の日に贈る 佐藤しのぶコンサート )

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 日本を代表するプリマドンナ(ソプラノ)でいらっしゃる佐藤しのぶさん。彼女は「メイシアター」のある吹田市で小学校2年まで過ごされ、その後は吾輩の住む高槻市で青春時代を送られた。 『 同級生はじめたくさんの友人、知人、そして街の風景・・・すべてが懐かしい 』 と仰っていた由。

 ところでこのコンサート記、吾輩は家に居残っていたわけだから主人が書けばいいのだ。が、主人 『オレが感想を話してやるからオマエが書け』 と。「吾輩も猫である」 が間もなく第100回を迎え、早くそこまで行かせたいらしい。吾輩に格別な思いはないが、主人にはそれなりの思いがあるようだ。
 
  

 口づけ  愛の歓び  禁じられた歌

 キス!では左程セクシィに思わないのに、口づけ!の響きに主人の胸はきゅん!となる。猫の理解を超える人間の感覚、まぁ勝手にセクシィになりなはれ。で、この 「口づけ」がオープニングに歌われたわけは、エンディングになればわかる。読者は最後まで読むほかない(最後だけ読まんといて!)

 つづく「愛の歓び」もまたセクシィなタイトルで、結婚式でよく歌われる。が、「愛は一瞬、幻滅は一生」なる歌詞である。「禁じられた歌」は、恋人と塀を隔て高い窓越しに愛の歌を交わしあう二人に、母親が歌うことを禁ずる歌である。禁じられれば禁じられるほど恋は熱く深くなると知ってか知らずか・・・。

 「母の日に贈る」コンサートのコンセプト

 ここで会場を運営する財団所属のメイシアター少年少女合唱団が登場、 「ありがとうの花」 「歌はともだち」 を心にしみる澄んだハーモニィで合唱。佐藤さんと子ども達のやりとりを聞き、主人 『佐藤さんのこころに触れ、このあたりから今日のコンサートの “ 本当のテーマ ” が少しづつわかってきた』。

 佐藤さんと子ども達が一緒に歌う「Rememfer(リメンバー)」。詞:なかにし礼、曲:鈴木キサブロー、2013年に彼女の依頼で作られたオリジナルである。彼女は言う 『広島長崎を忘れない。チェルリブイリを忘れない。福島はじめ東北大震災の悲劇をいつまでも心にとどめておく』 ために歌いたいと・・・。 

 ある晴れた日に かわいい坊や(いずれも「蝶々夫人」より)

 死を賭した蝶々夫人の愛。海を隔て信じて待ち、やがて歓喜と絶望の再会。そして死をもって終わる愛。その切ない想いは坊やすなわち夫人の息子に託される。主人曰く 『 絶唱・・・心がちぎれるように胸を突き上げられた。この曲を歌いつづけてきた彼女にして初めて表現し得る心か・・・』。

 「愛と死と戦争と平和と・・・」。客席には女性が圧倒的に多く、第一部の休憩で立ち上がった人々の多くが目にハンカチをあてている光景が印象的であった由。入り!はホールの7~8割というのが主人には残念であったようだが、主催者によれば 『ソロでこれだけの観客が入れば大成功』らしい。

 

  68年前の「花のまち」  現在の「花は咲く」

 「花のまち」は團伊玖磨さんの曲。戦後の荒廃した国土をみて 「美しい花が咲きほこる平和なまちにしたい」 との思いをこめてつくられた(1947年)。ラジオを通じて広く親しまれ、またNHKのラジオ「話の本棚」のテーマ曲としても使われた。お年を召された方には「希望を託した」懐かしい歌であろう。

 真っ白な雪道に春風かおる/わたしはなつかしいあの街を思い出す/叶えたい夢もあった/変りたい自分もいた/今はただなつかしい/あの人を思い出す/誰かの歌が聴こえる/誰かを励ましてる/誰かの笑顔が見える/悲しみの向こう側に/花は 花は 花は咲く/いつか生まれるきみに/花は 花は 花は咲く/わたしはなにを残しただろう
 
  夜空の向こうの朝の気配に/わたしはなつかしいあの日々を思い出す/傷ついて傷つけて/報われず泣いたりして/今はただ愛おしい/あの人を思い出す/誰かの想いが見える/誰かと結ばれている/誰かの未来が見える/悲しみの向こう側に/花は 花は 花は咲く/いつか生まれるきみに/花は 花は 花は咲く・・・いつか恋するきみのために

 さとうきび畑  約束

 風と畑と陽ざしの中・・・「ざわわ ざわわ ざわわ」とリフレインされるたび言い知れぬ哀しみが波のようにおし寄せる。平明な詩に突然・・・『あの日鉄の雨に打たれ父は死んでいった』そして『風よ悲しみの歌を海に返してほしい・・・風に涙はかわいても ざわわ ざわわ ざわわ この悲しみは消えない』

 『その日 ぼくが石けりしてるとパパが家から出てきていった』に始まる「約束」は、一度ならず聴かれたと思う。急いで帰った坊やにパパは、ママが死にそうだと言う。 『 お前は男だ 歯をくいしばり 耐えて行くんだ 頼むぞ』。坊やは、ママが死んでも泣かないとパパに約束する。

 しかし、ママが死んだ日、坊やは約束を守れず 『泣くなって言ったって 無理さ 無理だよ』と泣く。だがそのあくる年、『あの戦争で パパが死んだと聞いたとき 僕は その時 涙を堪えた 僕は その時 約束を守った』。この歌を歌う佐藤さんの目に大きな涙・・・そして会場も涙につつまれた。

  
 ロビーで販売された佐藤さんの著、CDは一部ではなく全額!チェルノブイリ・東北大震災支援に!

 わが母の教え給いし  ふるさと  アヴェ・マリア

 第二部最後はドヴォルザーク「わが母の教え給いし」。ジプシーの母親が娘にそそぐ愛、それは歌を歌いきかせながら育まれた。母の日にふさわしい佐藤しのぶさんから贈られた愛の歌・・・5年前がんで逝った彼女の母親と、そして彼女の一人娘への深い愛もこめられていたことだろう。

 圧巻のコンサートの本当のテーマは「アンコール」に凝縮されていた。熱い拍手に応えて登場した佐藤さんから客席に『いっしょに歌いましょう』と呼びかけられた歌は「ふるさと」。主人、2番途中から歌えなくなったらしい。そして戦争と大災害の犠牲となったすべての人々のために「アヴェ・マリア」。

 アンコールも終わりいよいよ佐藤さんが袖に消えようとした時、「ブラボー」の声とともに会場はスタンディングオベーションに・・・。佐藤さん、歩みをとめ、そしてまたステージの端から端に立ち、客席に向けてキス! 否! 口づけ!の嵐 「投げキッス」ではなく 熱いエアキス! 否! エア口づけ!

 佐藤しのぶ 「アメイジング・グレイス」 「アヴェ・マリア」



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かんわきゅうだい 3 ( 歓話久題 ) 「 三つの舞台 」

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 10日間に三つの舞台・・・関西二期会によるオペラ「アンドレア・シェニエ」、藤岡幸夫指揮による関西フィルハーモニー「七夕コンサート」、グループる・ばるのお芝居「蜜柑とユウウツ~茨木のり子異聞~」を見ました。それぞれ新鮮な驚きと心を激しく揺さぶる刺戟あふれる公演でした。



 関西二期会のオペラ「アンドレア・シェニエ」
 
 フランス革命を舞台とした実在の詩人の恋と死を描く全4幕のオペラは、イタリア人(U.ジョルダーノ)の作曲でイタリア語で上演されます。日本人の感覚にはやや違和感がありますが、イタリアを舞台とした「ヴェニスの商人」が英国のシェークスピアの作品であることと同様かと・・・。

 日本で創られる多くは室内オペラで、「ボリューム感を欠く」印象がありました。しかしこの本格的なオペラの舞台は、指揮・演出こそイタリア人ながらオケも出演者も総て日本製(笑)。日本の(関西の)オペラってこんなにも水準が高く力感あふれるものだったのかと、不明を愧じました。

 ソリストはいずれもオーケストラに伍し都度に期せずして拍手と歓声を呼びました。群衆を兼ねた合唱の三十余人も特筆すべき自然で豊かなアンサンブルでした。公演後の打上げでは、ソリストはじめ総ての人の表情に満足感、達成感が顕れていたことが公演の成功を如実に物語っていました。

 関西フィル・・・チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲(作品35)」

 曲目はロッシーニ「アルジェのイタリア女」(序曲)、チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」、ベートーヴェン「交響曲Ⅵ:田園」。所用のため「田園」が聴けなくて残念でしたが、公開されたゲネプロ(リハーサル)から聴くことができ、公演では得がたい貴重な機会に感謝!でした。

 ゲネプロではいきなりハンガリー舞曲。え?曲目にありませんけど・・・アンコールに応えるためと聞きナットク(笑)。「田園」は指揮者の藤岡さんが「好きだから」。ちなみに1~9番では「5番(運命)はやりたくない」「指揮者も奏者もぎりぎりまで追込まないと演奏できないから」と。

 このヴァイオリン協奏曲は誰もが一度は聴いたことのある屈指の名曲。関フィルと初共演の川久保賜紀さんは、主旋律を繰返しつつつ烈しさと甘い旋律が要所に散りばめられたこの曲が「好きでたまらない」演奏ぶりでした。前記アンコール曲は、この曲のスラブ的な雰囲気にあわせてか・・・(笑)     

 三つの舞台で最も印象的であった「蜜柑とユウウツ~茨木のり子異聞~」

 松金よね子、岡本麗、田岡美也子の三女優が主宰する劇団「る・ばる」公演は、この日が全国公演の千秋楽。三人は「超民主主義」で、三人が一致しないとどんな企画も実現しないのだそうです。詩人「茨木のり子」は三人がすぐ一致し長田育恵に脚本を、マキノノゾミに演出を依頼した由。

 私にとっていわゆる「現代演劇」の公演は四十数年ぶり、ブレヒト作「三文オペラ」(青年座:京都会館)以来です。泉晶子さんの際立つ美しさが今も印象に残ります。対して三人の老獪な?女優さん・・・正直!期待していませんでしたが、「チケット完売」と聞き俄かに興味を持ちました(笑)

 それにしても55歳のマキノノゾミが演出を依頼されるまで「茨木のり子を知らなかった」とは意外でした。「知ってる」とか「知らない」ってことは案外!そんなことなのかもしれませんね。でも演出家が「知らなかった」感受性?が、この芝居を輝かせた隠し味だったのかも知れません。

      

 劇中に詩「いまはじまる新しいいま」を書いた川崎洋※、詩「死んだ男の残したものは」の谷川俊太郎らが登場する場面は、不思議なほどキラキラ輝いていました。そして場面々々の狭間に朗読される詩のなんと心に響くこと・・・詩とはこんなにも輝き心を躍らせるものだったのでしょうか・・・。
   ※「吾輩も・・・45」で少し・・・⇒ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/0621c00242bb3b892ff807130afba7dc 

 『死んだ男の残したものは/一人の妻と一人の子供
     他には何も残さなかった/墓石ひとつ残さなかった
  死んだ女の残したものは/しおれた花と一人の子供
     他には何も残さなかった/着物一枚残さなかった
  死んだ子供の残したものは/ねじれた足とかわいた涙
     他には何も残さなかった/思い出ひとつ残さなかった
  死んだ兵士の残したものは/こわれた銃とゆがんだ地球
     他には何も残さなかった/平和ひとつ残せなかった
  死んだ彼らの残したものは/生きてる私 生きてるあなた
     他には誰も残っていない/他には誰も残っていない
  死んだ歴史の残したものは/輝く今日とまた来る明日/
     他には何も残っていない/他には何も残っていない』

 劇中・・・あの頃!を語る時、「アンポハンタイ!キシヲタオセ!」と叫ぶデモの音声が幻のように流れます。現総理の祖父である当時の「岸」総理、当時の「60年安保(条約)」と現総理がひた走る「安保法制」・・・半世紀余を経た「二つの戦後」が「新しい戦」を呼ぶことのなきように・・・。

 本田路津子「死んだ男の残したものは」


 ※ 一度UPしましたが、父の精検で急遽帰省することになり、このページを一旦閉じました。
   月末に再検査がありますが、それまでは「経過観察」・・・改めてUPいたします。

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吾輩も猫である 103 ( 雑感雑想 )

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 『出る杭は伸ばせ』とは、かの上野千鶴子さんのお言葉である。吾輩ら猫族には『出る爪は伸ばせ』と言うに等しい暴言であるが、『売られた喧嘩は買え』『急がば走れ』も含めて如何にも彼女らしい。現在はかなり爪を磨かれているとの噂もあるが、それでは彼女の存在価値はない?

 『不細工』とは、体裁の悪いこと・・・転じて容貌がイマイチ!であることを指す。しかし、細工をすれば良いってものではない。自然のまま&ありのままであることが最もよく似合う!場合もある、猫は猫らしく人は人らしく・・・。細工を軽んじず! 且つ 細工にはけしてこだわらず!

 『東京オリンピック』。オリンピックは「市」が主催する。第1回のアテネ以降ロンドンに至るまで東京以外は総て「市」が開催してきた。そもそも「東京」という市はないのになぜ「東京オリンピック」なのか? スタジアム建設費はじめ総て東京(都)が負担すべし!が吾輩の見解なり。

 『凹(ぼこ)』と言う漢字の正しい書き順? 知らない!『凸(でこ)』も然り。『凸凹』は「でこぼこ」と読み、ひっくり返して『凹凸』は「おうとつ」と読む。そして画数はいずれも5画。この機会に吾輩も書き順を覚えておくとしよう。 ⇒ http://kakijun.jp/page/0519200.html

 『海ゆかば』・・・海ゆかば/水漬く屍/山ゆかぱ/草生す屍/大君の/辺にこそ死なめ/かへりみはせじ。大友家持の長歌から採った軍歌である。この歌のもと、死地に赴いた兵士と家族を思うとき、真っ平ご免の軍歌ではある。それでもなお、この歌に・・・慟哭を禁じ得ない。

  
 
 『育子』は、主人の社会人同期の友の娘である。重い障害をもって生まれてきた娘が育つよう育子と命名した。定年10年前、出世途上にて退職し「元気なうちに」と優良ボランティアに転進、娘と一緒に仕事する人生を選んだ。素晴らしい父娘であり、主人が尊敬してやまない友である。

                                      

  これにて宿題を一つ果たす也。 え? なんのこと?と? さぁ・・・ 答は伏せられたし

かんわきゅうだい 4 ( 感話旧題 ) 「 花に埋もれ 旅立ちぬ 」

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 従姉「Kちゃん」が亡くなったのは昨年の5月8日早暁、心筋梗塞による些か早い68歳の旅立ちでした。翌9日の前夜式、10日の葬儀式は、いずれもKちゃんの夫であり牧師であるAさんが司祭をつとめ、二人がともに長く働いた神戸の或る教会で執り行われました。

 今年2月、夫君Aさんから電話がありました。「K子の葬儀には、たくさんの方にご参列をいただき、またお手紙はじめたくさんのお言葉をいただきました。一周忌に彼女の追想録 ”偲び草”を出したいと思います。K子について、〇〇さん(私のこと)も書いて下さいませんか」。

 一周忌には都合で出席できませんでしたが、夫君から「〇〇さん(私)始めおよそ70人の方から寄稿がありました。まだ数人ぜひお寄せ頂きたい方がおられ ”偲び草 ”の発行は8月頃になります」とのメールがあり、親族からの寄稿の幾つかがメールに添付されていました。


                            境海峡をはさみ出雲半島を臨む

 私と彼女は歳が少し離れていたため寄稿には私の知らない彼女がたくさん記されていました。

 満州から引揚げ・・・

 Kちゃんは、満州鉄道に勤めていた父親の四女として遼北省四平で生まれました。生まれた病院で敗戦を迎え、一家は命からがら一年に及ぶ逃避行の末、本土に引揚げました。途中、6歳の三女が背負って歩いた2歳の長男は栄養失調で亡くなりました(長女・次女は予め本土に残留)。
 
 引揚げた舞鶴港で、米兵から全員が「頭からDDTを撒かれた」ことを前記6歳だった三女は印象的に覚えています、DDTは「本土の臭い」そのものだったと・・・。帰り着いた父の家は築185年の旧い家、そこで村会議員になった父親でしたが、3年後、41歳で病死します。

 小児マヒ~養護施設寄宿

 Kちゃん2歳の時、当時大流行した小児マヒ(ポリオ)に感染、命は救われたものの後遺症(びっこ)が残っていました。たいへん可愛いがった幼く足の不自由な娘を遺して逝く父親の無念は、如何ばかりだったでしょうか・・・。長男を亡くした引揚げにつづく大きな不幸でした。

  彼女は、中学から整肢学園(養護学校)に寄宿しました。私は、母(彼女には叔母)に連れられ一度だけ学園を訪ねたことがあります。幼な心に、どこか侘しくもの哀しい施設に映りましたし、彼女にも笑顔は見られませんでした。帰り道、母が泣いていたことを憶えています。

 高校から普通科へ

 母は施設にいるKちゃんを見かね、「高校は普通科に」と勧めました。彼女も施設で自立心が強くなり「普通科進学」をめざしました。彼女の母親は危惧しましたが、意思を貫きました。普通科の高校に通うKちゃんを、私は「こんなによく笑う人?」と不思議に思っていました。

 高校では文芸部と新聞部に所属、堀辰雄「風立ちぬ」を愛読し、軽井沢の堀の別荘を訪ねるほどのファンでした。やがて短大に進み銀行に勤めた頃、キリスト教会の日曜礼拝に通い始めました。「風立ちぬ」にも教会を訪ねる印象的なシーンがありますので、その影響かもしれません。


                            弓が浜(境港市)から大山を望む

 出会いの場はキリスト教会                                                   
 教会には、後の夫君Aさんも通っていました。彼は、大学卒業後、生きる目標を喪い数年・・・欧州各地を放浪していました。「放浪中よくお世話になった」のがキリスト教会だったからでしょうか、帰国して何となく行くようになった教会が、Kちゃんとの出会いの場となりました。

 やがて二人は結ばれ一男一女に恵まれました。Aさんが牧師の資格を得て教会を任されると、彼女もまた銀行を退職、彼を支えるべく教会で懸命に働きました。とっても健康に見えましたし、信者さんの信頼は篤く、彼女の人生で最も輝く充実した年月であったことと思います。

 花に埋もれ 旅立ちぬ

 そんな最中の急変、突然の死・・・でした。悲しみを抑えた夫君Aさんの淡々とした司祭、息子と娘の涙でぼろぼろの挨拶・・・。繰返し歌われる讃美歌と引用される聖書の言葉は総てAさんが選びました。その意味と由来は私にはわからずとも、祭壇にいる彼女には総てわかったことでしょう。

  Kちゃんの姉の寄稿は『妹は花に埋もれ 旅立ちぬ』・・・彼女にふさわしいタイトルでした。

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吾輩も猫である 104 ( if 漱石が現代に生きていれば・・・ )

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 主人に「もし漱石が現代に生きていたら、どんな漱石やったんですかねぇ」と問うと、主人『歴史に if はあり得へんぞ』との返答。んなこと、わかってますがな、偉そうに・・・。主人、むくれた吾輩を見て猫なで・・・否!人なで声で、『ま、ちょっとオモロイ発想や内科医!』。


     哲学する吾輩    芥川龍之介「蜘蛛の糸」を真似る吾輩   藤村操「巌頭之感」を真似る吾輩

 昔の文豪は若かった
 漱石は49歳で亡くなるが、作品群のどれ一つとってもその若さは信じ難い。ちなみに処女作「吾輩は猫である」を書いたのが38歳、朝日新聞にいま再連載されている言わば不倫小説「それから」は42歳、そして執筆途上にあった「明暗」は49歳、未完の遺作となった。

 猫以上に犬好きかも・・・
 漱石48歳の随筆「硝子戸の中」には素顔の漱石が垣間見える。「吾輩は猫である」を発表して10年経つが、猫に限らずなかなかの動物好きで、「ヘクトー※」なる飼犬について真に情愛に満ちた記述をしている。(※古代ギリシァの叙事詩に登場する勇将にちなみ命名)

 ヘクトーに関する記述1
 『硝子戸の中』の3~5章を端折って紹介する。ヘクトーは、生まれて間もない頃、風呂敷に包まれ電車に乗せられて漱石宅に来た。漱石はその日のことを『何だか夢のような心地がする』と子供のように嬉しそうに書き、夜は寒くないよう藁の寝床を敷く優しさを見せる。

 ヘクトー・・・2
 ヘクトーがジステンバーに罹ると、漱石は彼を犬猫病院に入院させ、しばしば見舞いに通う。漱石を見て安心したのか、ヘクトーはここでようやく少量の牛乳を飲む。医者も「あるいは治るかもしれない」と言い・・・果たしてヘクトーは奇蹟の恢復ぶりで退院、元気に飛び回る。

 ヘクトー・・・3
 長く病に臥した漱石が漸く快方に向かうやヘクトーを呼ぶ。が、ヘクトーは垣根にうずくまり動かず、暫くして姿をくらます。数日後、池に浮いているヘクトーが発見される。漱石は、骸で帰ったヘクトーのために墓標に「秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ」と刻し庭に弔う。

 限りなく不!透明に近いブルー
 漱石がこの平成の世に生きていてもベストセラー作家になれたかどうかはわからない。「それから」程度の不倫では物足りなさ過ぎるのだ。難解を売りにしようにも昭和の村上龍や平成の平野啓一郎※に及ぶまいし、今年上期の芥川賞に輝いた又吉直樹にも負けるかもしれない。
  ※ 村上龍「限りなく透明に近いブルー」(昭和51年上期芥川賞)
    平野啓一郎「日蝕」(平成10年下期芥川賞)

 ベストブロガーに
 しかし間違いなくベストブロガーになっていたであろう。ブログ村の断トツ人気「うにの秘密基地」を見ると一週間に11万人以上訪ねている。途方もない人気ブログだが、漱石ならば間違いなく「うにの・・・」を超えるだろう! タイトルは「ヘクトーの不滅基地」とか・・・。

 「硝子戸の中」エンディング
 「硝子戸の中」全39章の第39章の最後はこう記されている・・・『家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、恍惚とこの稿を書き終るのである。そうした後で、私はちょっと肱を曲げて、この縁側に一眠り眠るつもりである』。

 あの世までのひと眠り・・・
 生物学的事実(猫と人間の寿命)に基づき吾輩が先に逝くのか、それとも腎がん術後3年半クリアーながら転移リスクを抱える主人が先に逝くのか・・・それはわからない。わからないが、わからなくてもいい。どちらが先であれ、あの世までの「ひと眠り」ほどの話ではないか!

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腎がんのメモリー 17 ( 日米のがん医療チームが踊る 「恋するフォーチュン」 )

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 久しぶりに カテゴリー「腎がんのメモリー」を記します。と言っても術後4年検診はもう少し先なので、検診に関するご報告ではありません。旧い友人(と言ってもお遭いしたのは2回だけ)が Facebook に紹介した「恋するフォーチュン」を見てシェアさせていただきました。

 なお、前記の旧い友人には、若くして血液のがんに罹られたお嬢さんがいらっしゃいます。彼女の弟の骨髄移植を受け見事に恢復されましたが、大学を卒業し社会人になって間もなく、寛解を目前に再発。しかし今回もまた奇蹟的に克服され、間もなく新しい門出を迎えられます。

    

 日米のがん医療に携わる医師や看護師のみなさんが、すべてのがん患者に贈る「恋するフォーチュン」。がん患者へのあたたかいメーセージがこめられています。ラストの字幕には ”Bring the Love & Fortune to All Cancer Patients”(愛とフォーチュンをすべてのがん患者に)

 My future isn't that bad.  My life wasn't a waste.  An unbelievable miracle will happen.  I have a feeling that we'll be able to fall in love somewhere.  To get some luck you gottna smile.  Let's make my luck better than it was today.

 未来はそんなに悪くないよ。 人生って、そんなに捨てたもんじゃないよね。 そろそろすごい奇蹟が起きそうだ。 いろんなところで愛しあえる予感がある。 未来はそんなに悪くないさ。 ツキを呼ぶには笑顔を見せなきゃね。 今日よりもずっといいツキをつかもうぜ。

   恋するフォーチュンクッキー(日米がん医療チーム)
  

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かんわきゅうだい 5 ( 感話泣題 ) 「 空を見ていた 」

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 空を見ていた やけに碧く高い空を
 やがて 空に雲が浮かび 語りはじめた
 いつもは 虹をわたったコロが 
 ああだこうだと たのしく話しかけてくれるのに
 きょうは なぜか コロが来てくれない
 代りに 鳥に見えなくもない雲が 空を飛びはじめた
 それにしても ちょっと眼を離すと いつの間にか
 より添ったり 連なったり 離れたり 溶けたり
 雲も 人の世と変わりないようだな
 突然! ジェット機が 雲と碧空を縦に割り
 流れ星のように 残滓を浮かばせ 消え去った



 敬愛してやまない先輩が 今日 虹をわたられた
 京都生まれの京都育ちにしては 泥くさいひとだった
 泥くさいと言えば叱られそうだけど 叱らないひとだった 
 これまで ただの一度として 叱っている姿を見たことがない
 突然 電話してきて なにを言いたいか こちらはわかっているけど
 自分からは 元気にしてるか? からだを大事にせんとな! と・・・  
 逃げ口上を言うても そうか そら大変やな がんばらなアカンな と・・・
 そうそう とんでもない音痴やのに 合唱団に入っていた 二つも!
 来い! 言われて聴きに行くと 
 口パクのほうがいいのになぁと思うのに 大きな声で歌ってはった 
 なにをやっても スマートではなかった かっこいいひとではなかった
 でも こんないいひと こんなにも好きなひと ほかに知らない
 ここ数年 杖をついて歩いてはったけど
 虹の橋 こけんようしっかりわたって行きなはれや 先輩!

  もう逝ってしまわれたのに 「それでも生きてゆく」なんて せっしょうやけど
  この世からのはなむけに 辻井伸行さんの「それでも生きてゆく」をおくります。

 

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かんわきゅうだい6(歓話究題)「押尾コータロー&財津和夫」

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 父の体調があまり良くなく、月末に帰省しました。その前後に同じホールで聴いた二つのコンサート「押尾コータロー "Beautiful Life in LOUVRE"」と「財津和夫 "LIVE & TALK"」。押尾コータローは私には殆ど「未知の人」ですし、財津和夫は「チューリップ」「心の旅」として知る程度ですが、偶々出遭ったこのコンサートに、私の心はつつまれほどかれ溶かされました。

 

 押尾コータローが憧れたホールで凱旋コンサート
 高校時代、彼の家の近くに大きなホール(〇〇シアター)が建ちました。ミュージシャンを目指す彼は「いつかこのホールに立つ」姿を夢見、47歳で迎えた今夏の凱旋コンサート。『貧乏な母子家庭育ち』の彼、その母親が『今日初めてコンサートに来てくれました』と・・・。

 バンドもなくただ一人・・・2時間半ぶっ通し
 ソロコンサートでも大抵は数人のバンドが付きます。が、押尾コータローのステージには彼以外誰もいません。休憩をはさむこともなく2時間半ぶっ通しのステージのプロローグはラヴェル「ボレロ」。ギターは一つでも、数人が奏でているような多彩で重厚な音が響きました。

 まるで大合奏のように鳴り響く
 ごく普通のギターに見えますが、両手10本の指が各々リズムを打ち刻みメロディを奏でハーモニィを醸し、まるで10の楽器が大小のアンプからホール中に鳴り響く感じでした。アコースティックギターとロックバンドの大合奏のようなステージ・・・私には初体験でした。

 四十余年を遡り甦る
 「コンドルは飛んで行く」・・・私の世代には「サイモンとガーファンクル」「赤い鳥」の演奏が今も身体の何処かに残っています。押尾コータローのギターが、四十余年の時空を遡り懐かしい響きと調べを甦らせ・・・この日の彼のステージで最も印象に残る演奏となりました。

 

 財津和夫(チューリップ)を世に出したコンテスト
 財津和夫(チューリップ)を世に送り出したのは「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」でした。その第3回大会の優勝は「赤い鳥」、準優勝「オフ・コース(小田和正)」、九州地区代表の「チューリップ」は第6位でしたが、翌年第4回大会で準優勝に輝きました。

 ロッド・スチュアートをめざす?
 財津のコンサートは「Smile」で始まり「What a wonderful world」で終りました。ルイ・アームストロングもナット・キング・コールも歌ったスタンダードナンバー、財津はロッド・スチュアートを目指したのでしょうか、ロッドの域には達していませんが・・・。

 「切手のないおくりもの」「心の旅」
 やや自己陶酔風?の第一部から一転、第二部はステージと客席が一体となりました。彼の作詞作曲による「切手のないおくりもの」など聴きなれた曲が会場を沸かせます。そしてメガヒット曲の底力か「心の旅」が始まるやオールスタンディング、手拍子が揺れました。

 「青春の影」
 そして心にしみる「青春の影」。君の心へつづく長い一本道は/いつも僕を勇気づけた/とてもとても険しく細い道だったけど/いま君を迎えに行こう・・・自分の大きな夢を追うことが/今までの僕の仕事だったけど/君を幸せにするそれこそが/これからの僕の生きるしるし。

 

 この2か月は月に2回帰省・・・今回、父は医大でかなり詳しい検査を受けました。午前9時に行き、終わったのが午後4時。93歳の父には酷な検査もありました。医師の判断を信頼するほかありません。一週間後、結果をききに帰ります。もしかして入院かなぁ・・・。

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ごあいさつ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/7de1dfba556d627571b3a76d739e5d8c
腎がんのメモリー http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/bee90bf51656b2d38e95ee9c0a8dd9d2
旅行記 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e
閑話休題 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/c859a3480d132510c809d930cb326dfb
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吾輩も猫である1~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
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吾輩も猫である81~ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/f9672339825ecefa5d005066d046646f

吾輩も猫である 105 ( ヒロシマ 8.6 )

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 日本国憲法に基本的猫権を!
 「基本的人権を侵害する猛暑」とカッコつける主人、家ではわかりやすく「くそ暑い!」を連発している。それでも天然の毛皮を着こむ吾輩から見れば「人間はまだマシ」だ。エアコンのきく居間に入り浸る吾輩に、主人「野良を思って少しは辛抱しろ」とはご無体な・・・。癇に触れ吾輩を追い出すに及んでは 「ナニをさらしのフンドシ!」と憤りを覚える。基本的猫権を!

 人間を見ていると
 さて、吾輩ら猫は、戦に明け暮れた戦国の世であれ太平の江戸265年であれ文豪により若干の脚光を浴びた明治の時代であれ、何ひとつ変わるところはない。「寝子」にふさわしく日がな惰眠を貪り、否!平和な眠りを愛し無用の諍いは好まない。それにひきかえ人間ときたら、騙しあい罵りあい奪いあい傷つけあい遂には殺しあう。足るを知らぬどころか恥さえ知らぬ。

 安らかには眠れない
 70年前の8月6日、たださえ暑いヒロシマの空に、一瞬にして十数万人の皮膚を溶かし肉を焦がし命を奪うバクダンが炸裂した。2年後、建立された慰霊碑には「安らかにお眠りください、過ちは繰返しませぬから」と刻まれた。が、バクダンは増えつづけ地球を何度でも滅亡させ得る核弾頭が貯蔵されている。原爆で亡くなられた方も吾輩ら猫も・・・安らかになど眠れない。


 【上左】はジョー・オダネルさん「焼き場に立つ少年」(1945年) ※ 【中】はフィン・コン・ウトさん「ベトナムの少女(1973年ピューリッツァー賞)」 【右】はケイトリン・ドミニコさん「赤ちゃんを抱くママの肖像」。
 ※ 昨夏もこのことに触れました ⇒ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/254c93859161c923703907411d940366

 吾輩は問いたい!
 猫の分際ながら、「戦争に行きたくないという利己的な考え方」と公言した若い代議士に吾輩は問いたい。妹の亡骸を背負い焼き場に立つ少年に、ベトナムの戦場で泣きながら全裸で逃げまどう少女に、生後6か月の愛し子を抱くママに、あなたはほんとうにその言葉を向けるのか? それがあなたの兄妹ではないとしても、それがあなたの愛し子ではないとしても・・・。


 【上左】ブルームーン・・・7.31郷里:境港にて主人撮影。「ブルー」は「青い」ではなく「稀な」の意。主人の心にはもう一つの「ブルー=ゆううつな」帰省であったようだ。 【右】QPによるPC画「猫とハマナスの苗」。前記ブルームーンを撮ったあたり(弓ヶ浜)には、埋立てが始まる二十数年前までハマナスが群生していた由。

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かんわきゅうだい 7 ( 感話旧題 ) 「 御巣鷹から30年 」

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 日航機墜落事故から30年。新聞でもTVでも大きく取り上げられていました。私自身にとっても忘れがたい苦渋にみちた出来事でした。事故の日の夜遅く、犠牲となられた方々のお名前(カタカナの手書き)がTVで報じられてすぐ、母から悲痛な電話がかかってきました。

 『いまTVに〇〇子の名前が出ていた』『今日、東京から帰ると言っていたから間違いない』『おまえ、すぐ飛行場に行って確認してきてくれんか』と。私もすぐTVの名前を追い、「〇グ〇 〇〇コ」とあるのを見ました。が、手書きのカタカナの「グ」は「ブ」にも見えます。

 勿論、京都で独り暮らしをしている家に再々電話しても出てきません。当時まだ携帯電話はなく、姉とはまったく連絡が取れません。取り敢えず報道されている「安否問合せ先」に電話しました。丁寧な応対ながら「発表されている以上のことはわかりません」の一点張りです。

 その後、日航側からの電話連絡は一切ありませんでした。明け方にかけた電話で「〇グ〇 〇〇コ」が購入した航空券は、某旅行社の大阪難波の支店で発券されていることがわかりましたが、開店時間にやっとつながったその支店の話でも「〇グ〇」か「〇ブ〇」かは不明でした。


 
 購入者の連絡先が某司法書士事務所であることが判明しました。その時点で私は「姉ではない」と思いましたが、一緒に上京した友人の連絡先かもしれないと思い、確認のためその司法書士事務所に電話しました。「お宅に日航機の事故に遭われた方がいらっしゃいますか?」と。
 
 電話の向こうで「います。〇ブ〇 〇〇コです。お宅様はどんな関係の方でいらっしゃいますか?」。一瞬、言葉を失いました。「姉かどうか確認のために電話しました」と、よう言えませんでした。ためらって黙っていると「仰ってください!どういうお知り合いですか?」。
 
 遂に何も話すことが出来なくなり、「申し訳ありません。失礼させていただきます」と言いましたが、必死の声で繰返し「仰ってください」と・・・。震えながら受話器を置きました。その後、母に「姉ではなかった」と報告しつつ、先刻の電話の声が耳から離れませんでした。

 翌日、520人の犠牲者の殆どの方々のお名前とお顔が新聞に載りました。私はしかしその中のただお一人の女性のお名前とお顔のみを凝視していました。30年たっても、未だその時の非礼のお詫びが出来ません。毎年8月12日がくるたびに苦しい記憶が甦ります。 合掌。 



 【補遺】
 事故の前年の夏、私は伊丹から札幌に向う日航機に乗りました。飛行機嫌いでしたし高校野球の決勝戦(PL:取手二)が機内に中継されていたので、よく憶えています。その機内で私は耳が異常に痛く、同行した数人もやはり同様の異常を訴えていました。事故後、圧力隔壁の問題が指摘されましたが、前年夏の耳の異常は気圧の所為だと思っていましたから、123便は同一か同型機に違いないと思いました、「調査委」の記録にはありませんが・・・。

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腎がんのメモリー 18 「 寿命と追い駆けっこ? 」

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                        わが郷里の愛する山・・・大山(米子道出口にて)

 腎がんは「希少がん」
 久しぶりに「腎がんのメモリー」を記します。来月上旬の術後4年(4年2月)検診で書こうと思っていたのですが、一つは「希少がん」とされる腎がんのトピックスとブログの賑わい?について、もう一つは父の病状と高齢者医療のあり方について記したく・・・。
 がんは身体中どこにでもできます。なぜか肺・胃・肝・腸・皮膚・骨・膀胱・血液、女性では乳房・子宮に多く、心臓とか盲腸などは滅多に聞きません。私の場合の腎臓も盲腸などと同じく 「希少がん」 に分類され、大抵の方が 「え?そんなところに?」 と仰います。

 最近の腎がんブログ
 「希少がん」ですから、腎がんのブログは少なく、肺がん、乳がんの1割にも至りません。その所為か、お互いに親しく、逆に友が逝くのはひときわ悲しく・・・。そんな腎がんブログ、新しい方が続々登場されたこともあってか、近頃とても賑わっています。
 ベテラン?で断トツ!人気のSさんは「最近の腎がんブログ事情」をUPされていました。なるほど様々な「腎がんブログ」があることがよくわかります。私も一応?腎がんブロガー、腎がんについて「書かなきゃ」と思って・・・今!書いている次第です。 

 朝日新聞「患者を生きる」シリーズ・・・高齢者の腎がん
 その珍しい腎がんの新聞記事を見ました。朝日に連載中の「患者を生きる」シリーズ、間もなく3000回を迎える長い連載です。登場されたのは88歳の男性で、貧血を調べるために撮ったCT検査で 「左の腎臓に3.5cm大の腫瘍があります」 と告げられました。
 私とほぼ同様 T1a(第Ⅰ期前半)、ごく初期の発見です。悪性度(G1~3)が低ければ殆ど完治します (私は一部G3)。が、この方は年齢がネックに・・・。腎がんの第一選択は 「手術で除去」 ですが、高齢の方の全身麻酔は 「麻酔から目が覚めない」 危険があります。


                       朝日新聞2015.8.28付「患者を生きる 2871」より
 高齢者のがんは寿命との追い駆けっこ?
 そこで登場の手術・抗がん剤・放射線につぐ第4の選択肢「腎臓の凍結」 療法。第1期前半(4cm以下)の腎がんで高齢者に限り保険適用される最新治療法です。部分麻酔で背中から4本の針を刺し約3時間がんを凍結。その後、CTでがん細胞の死滅が確認されています。
 医師から「寿命との追っかけっこ。無理せずそっとしておくしかありません」と言われた高齢患者には朗報です。がん治療に限りませんが、高齢者はいつも「高齢」を理由に治療放棄されるのが現実ですからね。先日、私の父も高齢(94歳)ゆえにそう告げられました。

 私の父の場合は・・・
 父は6月に掛かりつけ医から「胸の白い影」を告げられ、大きな病院で採血採尿、CT、MRI、エコー、心電図などの検査を受けました。医師は 「胸に水が溜っています。心臓・腎臓に起因するものではなく、結核か肺がんかは胸水をとらないと判りません」と。
 しかし 「胸水採取は危険が伴います。結核や肺がんが判っても手術はもっと危険です。このままそっと天寿を全うされることも含めて、ご家族と掛かりつけ医とでよくご相談ください」 と。この時は、正直、そういう選択もあり得るし賢明かも・・・と思いました。


          郷里上空の自衛隊機。夕刻まで2~3分間隔に轟音・・・まるで戦時下?

 がんは兎も角 結核なら薬で治る
 掛かりつけ医に相談に行くと、「セカンドオピニオンを受けるべきです」と医大附属をご紹介くださいました。行くしかありません。ここまででも何度も帰省し、そのたびに父を病院に連れ出し検査を受けさせていますが、更に検査・・・。父が可哀相でなりませんでした。
 最初に紹介された病院の画像、データを持参しましたが、医大でも採血採尿、CT、MRI、エコー、心電図・・・。危険だと言われた胸水について、医師は「がんは兎も角、結核は半年の投薬で治ります。私の父なら胸水を採ります」。その言葉を信頼するほかありません。

 胸水をとることに同意
 同意書にサインして胸水を採ることにしました。驚いたことに500ccも採取しました。 「まだありますが、全部とるのは危ない」由。さらに結核の疑いもあるため喀痰検査も・・・。94歳の父に痰を出す力はなく、強引に鼻からチューブを入れ胃液を取りました。
 胸水採取と喀痰検査は日を改めて2回行い、いずれも 「結核菌は検出されず」。最新の採血検査(QFT、Tスポット)でも結核は陰性。しかしシロ!と判定するには「3回検査して3回ともシロ」が求められます。そして3回目、父には過酷に過ぎる体調でした。

グループホームに入っているなら検査入院は・・・
 父はグループホームに入っています。結核(但し「開放性」)であれば他の入居者、スタッフに大変な迷惑を及ぼしますし、道義的にも検査拒否は出来ません。そこで医師が助け舟を出してくれました。 「私の元同僚の呼吸器科医がいる病院を紹介するので検査入院を・・・」。
 入院し、体調の良い時に胸水採取、喀痰検査(やはり鼻からチューブを・・・)をすることになりましたが、なんとここでもまた採血採尿、CT、MRI、エコー、心電図・・・(3回目)。過酷な検査を繰り返した後、結局 「そっと寿命を待つ」ことになるのでしょうか?

 掛かりつけ医から「胸水が溜っている」と告げられた6月から7回帰省し、父の検査に付き添いましたが、経過はここまで・・・。病院から 「検査終了」 の報せがあればまた帰省し、その結果に基づき対処します。長い経過にお付き合い下さり恐縮です。ありがとうございました。


                   帰路の「蒜山」PAより・・・高原の涼しい風にホッ!と一息

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吾輩も猫である 106「 おんなの時代 」

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 主人は「書かなきゃなぁ」と言いつつ、その気!にならないらしい。吾輩と目が合うや、「シマ、おまえの番やぞ」。吾輩が行ってもいない MIHO美術館「若冲と蕪村」、西本智実指揮によるバレエ「白鳥の湖」の写真とメモを吾輩に押しつけた。ま、勝手に書く。ちなみに(別にちなまずともよいが…)上の写真は吾輩のお気に入りで「吾輩も・・・91」から再掲した。

 否も応もなく…
 MIHO美術館。名前は聞いたことがある。信楽(滋賀県)の山中らしい。それほど食指が動いたわけでもない主人をその気にさせたのは細君である。若冲が好きな細君、特別展は今月30日までと聞いて主人に「行きます。運転お願いね」と、否も応もなくご出馬宣言なり。

 長い長い道程…
 新名神の信楽ICで降りて20~30分走る。麓の臨時駐車場からシャトルバスで5分、漸く着いた!と思いきやそこはレセプション棟。電気自動車で更にトコトコ走るのだが、徒歩10分と聞いて歩くことにした由。門を入りトンネルをぬけ橋を渡ると…MIHO美術館なり。


 門を入り…        防空壕?風トンネルをぬけ   橋を渡ると…       MIHO美術館

 設計も看板も さすが…
 入ると、ルーブル美術館のガラスのピラミッドで知られるI.M.ペイ氏設計の三角形の造形が目に入る(下写真中)。ここから左に行くと常設展、右に行くと特別展。特別展の階段踊り場に大きく「蕪村と若冲」の看板(写真左)に既にわくわく・・・。なお写真右はリーフレットより。



 これはやっぱり…すごい!
 若冲「象と鯨図屏風」はよく知られている(下写真)。「白梅錦鶏図」など特有の紅い色づかい、花びら一枚一枚まで繊細かつ生き生きと描く筆づかい、しかもこれだけの作品が一堂に会する特別展、細君が行きたくなるのもムベなる哉、主人の眼からもウロコが1~2枚・・・。



 蕪村に一票!
 主人を驚かせたのは寧ろ蕪村の絵。「俳句は兎も角、これだけの絵を描く人物だとは」知らなかった。芭蕉「五月雨をあつめて早し最上川」は自然主義風の名句。一方、蕪村「五月雨や大河を前に家二軒」はグッと絵画的である。主人、蕪村に一票!(絵は総て「リーフレット」より)

 
 学問は尻からぬけるほたる哉(蕪村)   「維摩図」     「虎図」       「蜀桟道図」

 常設展も「宝の山」でした 
 常設展は「面白くない」のが相場。が、ちょっとお茶でも…とレストランに寄ったついでに入ってびっくり! アジア・アフリカの財宝名画彫刻塑像・・・これでもか!と展示されている。この蒐集力、否、財力って何?と思ったら…某宗教団体の底力によるものでございました。


 広い廊下の床にローマ時代のモザイクが当時のまま置かれているのは…大らかなウフィッツィ(イタリア)式?

    さてここからは 西本智実指揮&芸術監督による バレエ「白鳥の湖」



 肥えはった!と?
 女性指揮者として世界が注目する西本智実さん。彼女の指揮する演奏会は主人には二度目ながら、初めて逢う憧れのひとのように胸をときめかせてホールへ…。お目にかかり、ちょっと肥えはったかな?なんて…余計なことを想うのは、主人、まぁ、好きにしなされましぃ。

 ようやく タイトル「おんなの時代」に近づいてきた!
 生!のオーケストラによるバレエの上演は最近では珍しい。一席2~3万円で満席にすれば兎も角、それは余り現実的ではない。が、このホール、やるもんであるなぁ。女性が殆どを占めるイルミナートフィルの演奏。ダンサーも男性3人のほかは女性のイルミナートバレエ。

 華を競う? 鼻を競う?
 舞台ばかりではない。客席も満席の1300人のうち男性客は30~40人。男性がまたラフな格好なのに対して女性は言わばドレスアップ・・・華を競うが如し。加えてお化粧の匂い、香水の匂いが漂い、鼻!も競うが如し。さすがの主人も、気後れして小さくなっていたようだ。

 第三幕がなかなかに…
 まぁ、それは兎も角、素晴らしい公演。純白の衣装でまさに白鳥の如く踊るプリマドンナ、そして群舞の有名なシーンは勿論、全四幕の第三幕「舞踏会」のシーンがなかなかの見所である。アジア的に衣装、踊り、音楽も散りばめられ、バイオリンのソロもいい。お得な第三幕なり。

 僻み? 苦味? オトコは黙って ダンダン ディダン シュビダドゥ…
 ご託!はこのあたりにしてタイトルの「おんなの時代」。美術展もバレエも兎に角!おんな!オンナ!女のミナサン!でいっぱい。オンナは華やかに感性を磨き心を豊かにしている一方、オトコは屋台の友、カラオケ・ゴルフの友と化し、ムサ苦しくなる一方とは 嗚呼・・・。

 

 ※ TOMOKOさんのブログ「気まぐれ花★旅日記」にも
    2回にわたり『ミホミュージアム』が紹介されています(リンク承諾済)
  http://blog.goo.ne.jp/tomoko1959_2007/e/b053b21c6504dc3ab8bb055b4afa9d73
  http://blog.goo.ne.jp/tomoko1959_2007/e/729414e220bbcd66257a4c39bfb6c590 

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腎がんのメモリー 19 ( 術後4年検診 )

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 術後12回目の検査・・・
 今月3日、腎がんの術後4年検診、「採血・採尿」「胸腹部CT(造影)」の検査を受けました。実際の手術は4年前の7月27日ですから術後4年2月検診となりますが、検査のたびに少しずつズレてきました。術後2年までは3月毎、以後は6月毎・・・12回目の検査です。

 採血の上手!下手!
 でも、慣れる!ことはありません。いつも緊張します。緊張することには慣れました(笑)。採血は医大直轄ではなく委託ですが、今回の方はたいへん上手でした。術後3年の採血では青痣ができるほど酷い目にあいましたが、今回はチクリともせずニッコリ笑顔で心で拍手!

 かぁ~っと熱く
 CTは・・・昔は撮るのにかなり時間がかかったようですが、今は入室して数分で終わります。造影剤を注射される時、身体がかぁ~っと熱くほてり「あぁCT撮られてるなぁ」と実感します。今回は、なぜか身体の隅々までほてってしまい、ちょっと羞しかったです(笑)

 なんか異常が?
 さて、検査の日は検査だけ、診察はありません。ですから本当に緊張するのは今日8日、結果を告げられる日です。受付でなぜか「6●番(室)の前でお待ち下さい」と。6●番の室は「腫瘍検査センター」で、診察室ではありません。「ん?なんか異常が見つかった?」。

 今回は重厚な口調で・・・
 呼ばれたのは少し離れた診察室。いつも軽口のヒゲの先生「変ったところ、ありますか?」。こちらが訊きたいセリフや。「血液・・・問題なし。再発転移の兆候・・・ございません!」。たまにデータを取り違える軽~い先生、なぜか今回は重厚な口調でございました。

 気になるところをエコーで・・・
 昇格でもされたかな? まぁ、それはどぉでもいいことですね。重厚な口調に応えて、ちょっと気になっていることを訊ねました。すると、「じゃ、念のためエコーで検査しましょう」。「え?コー!」なんてダジャレが浮かびましたが、丁重に「お願いいたします」。

        Coffee Break ・・・ QPのPC画でおくつろぎください


 
 放射線被曝について
 カーテン越しに隣に女性、ちょっと羞しいところですが、手際よくエコーで調べていただきました。再び診察室で「まったく問題ございません」。ここぞ!ともう一点、以前から気になっていることを訊きました。放射線被曝による急性の骨髄性白血病の懸念について・・・。

 ペルオキシダーゼ陰性大型細胞と血小板
 別の病院(循環器)で受けた血液検査で「ペルオキシダーゼ陰性大型細胞」の項で、標準3%未満に対して3%ジャストでした。CT過多の放射線被曝による急性骨髄性白血病の検査に使われます。しかも今回の結果は、PLT(血小板)が標準160~330に「L(低:143)」です。

 やっぱり・・・
 PLTは術前200から術後の検査毎に減りつづけ今回は前回比マイナス20でした。しかし重厚なヒゲ先生、にわかに軽くなり「ペルなんとか・・・。きいたことないなぁ。泌尿器科やからなぁ。血液内科できかんとなぁ」。私「わかりました。ちょっと気になっただけです」。 

 「あと1年、見えてきたね」
 と言うことでした。ちょっと気になることが残るのは仕様がありません。まずは再発転移なしを歓んでいます。友人の泌尿器科医(開業医、高校の同級生)にメールすると、「あと1年、見えてきたね。良かった」と返信がありました。まさに見えてきた感を強くしています。

 いつものように「身土不二(しんどふに)」でお祝いランチ
 妻にメールで報せ、「いつものところでお祝いのランチ」をすることになりました。冒頭の写真にある「身土不二(しんどふに)」という和のお店です。ランチは限定20食、一人1580円、3段重ねの大きな鉢に「刺身」「煮物」「揚げ物」が盛られ、たいへん美味です。

 きょうのシマジロウ
 帰宅するとシマジロウがお出迎え。賢い子ですから私の顔を見て「よかったにゃあ」(笑)。妻が家を出る時は、「行くな」と足先にまとわりついたそうです。妻は何やら不吉な予感がしたそうですが、まぁ、妻に対するただの甘え、私の足にはぜ~んぜんまとわりつかず・・・(泣)

【主な採血結果】
 T-BIL(ビリルビン)・・・標準値 0.2~1.0 に 1.78(前回 1.70) 一貫してH。医師「体質でしょ」
 T-cho(総コレステロール)・・・標準値 125~220 に 188(前回 240) 標準値が低すぎるとも・・・
 LDH・・・標準値 114~243 に 166(前回 193) 心・肺・腎・肝の炎症や悪性腫瘍で高値に!
 AST(GOT)・・・標準値 12~35 に 22(前回 30) ALT、ALP、γGTと同じ肝機能値(標準内!)
 CRE(クレアチニン)・・・標準値 0.3~1.1 に 0.87(前回 0.98) 腎機能を測る重要項目
 e-GFR・・・標準値 60以上 に 67.9(前回 59.6)CREと同様の腎機能値。20未満:要透析
 Lymph%・・・標準値20~51 に 34.0(前回 40.2) 免疫力指標。30超:がん細胞ほぼ死滅
 PLT・・・標準値160~330 に 142(前回 168) 血小板。少ないと血が止まり難い…急性骨髄性白血病


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かんわきゅうだい8 (巻輪急大)「うねり」

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   本来ならシマの担当する順番だが、QPに画を描いて貰って有頂天のシマ、逃げてしまった・・・

 PPMのマリーさん
 マリー・トラヴァースさん。その名をご存じでない方もPPM、ピーター・ポール&マリーのマリーさんと言えばおわかりかと思います。団塊世代の方には勿論、彼らのヒット曲「パフ」は中学校の音楽の教科書にも載っていますから、若い方にも聴き憶え?がありましょう。

 フォークは「プロテスト」ソングとして世界に
 PPMが最も活躍した時期は、ピート・シーガー、ジョーン・バエズらとともにフォークソングの全盛期でした。折しもヴェトナム戦争が世界の耳目を集め、フォーク・ソングは「戦争反対」のプロテスト・ソングとして瞬く間に世界中の若者に広がりました。

 大きなアメリカの敗北
 ヴェトナム戦争は、大きなアメリカが、自身なに一つ攻撃されてもいないのに、小さなヴェトナムに仕掛けた大戦争でした。核兵器以外のありとあらゆる新兵器が使われ、無差別爆撃が行われました。しかし、大きなアメリカが逃げるように引揚げ戦争は終わりました。
 
 ヴェトナム戦争終結から12年後、マリーさんが語りかけたこと(日本公演 in 1990)
 『もう二度と戦争をしないよう、みんなで学んで行きましょう。戦争をなくすためには闘いつづけるしかありません。小さな私たち、いっしょに歌ってください。いっしょに問いかけてください。そうすることで、自分自身が、そして人間というものが、わかるかもしれません』
 『平和、正義、公正・・・みんなそのためにそれぞれの魂をもち寄りいっしょに闘っています。みなさまに神様のお恵みがありますように・・・』。

 なぜかS紙、Y紙はほとんど報じませんでしたが・・・(他紙は一面トップ)
 先月末、国会議事堂の周りに12万人、大阪では3万人の安保法制反対集会・デモが行われました。来週16~18日頃、強行採決されるのではないか・・・との報に、週明けには連日数万人が議事堂を取り巻くと言われています。ヴェトナム戦争時より規模は大きそうです。

       PPM「風に吹かれて」・・・ 9月16日はマリーさんの七回忌です
  

 どれだけこの道を歩いたら/人として在ることができるのだろう/幾つの海を越えたら/鳩はやすらぎを得られるのだろう?/どれだけ砲弾が炸裂したら/闘いは終るのだろう
 どれだけ見上げれば/碧空を見られるのだろう/いくつ耳をもてば/泣きごえが聴こえるのだろう/どれだけの人が死んだら/「もうたくさんだ」と人々は悟るのだろう
 私たちが本当に自由になれるまで/どれだけの時間/生きていられるのだろう/どれだけの人が/見て見ぬふりをし/顔を背けているのだろう・・・そこにはただ風が吹いているだけ

 The answer is blowin' in the wind.
 「その答は、ただ風がふいているだけ」にこめられている祈り・・・。私は「いつでも、どこにでも、だれにでも、その答えはあります。あなたが、見つける気になれば・・・」と解しました。争点にすることもなく得た圧倒的な議席を背に進む戦争への岐路にいま風が吹きます。

 眠れぬ夜に目にした言葉
 『人は/冒険をやめてはならない/長い冒険の果てに/出発点へたどり着くのだから…/そしてそのとき初めて/自分の居場所がわかるのだ』(T.S.エリオット) 『人は一度しか死なない/しかもひとたび死んだら/ずっと永久に死んでいることになるのだ』(モリエール)

   石川セリ「死んだ男の残したものは」
   ヴェトナム戦争が日を追ってエスカレートしつつあった1965年、
   「ヴェトナムの平和を願う市民の集会」のために谷川俊太郎が作詞、武満徹作曲で歌われました。

  

 死んだ男の残したものは/ひとりの妻とひとりの子ども/他には何も残さなかった墓石ひとつ残さなかった
 死んだ女の残したものは/しおれた花とひとりの子ども/他には何も残さなかった/着もの一枚残さなかった
 死んだ子どもの残したものは/ねじれた脚と乾いた涙/他には何も残さなかった/思い出ひとつ残さなかった
 死んだ兵士の残したものは/壊れた銃と歪んだ地球/他には何も残せなかった/平和ひとつ残せなかった
 死んだ彼らの残したものは/生きてる私 生きてるあなた/他には誰も残っていない/他には誰も残っていない
 死んだ歴史の残したものは/輝く今日とまた来る明日/他には何も残っていない/他には何も残っていない

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かんわきゅうだい9(続:うねり)

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 前項「かんわきゅうだい8(うねり)」では、コメントはいただけないものと思っていました。にもかかわらずお心遣いが身にしむコメントをたくさんいただきました。そして、根源的にして容易にこたえがたいコメントに接し、改めてしっかり受けとめなくてはと思いました。

 Aさんは、安保法案について報道に左右されることなく賛成・反対各々についてじっくり眺めたい、同じ意見の側からばかり見ていると勘違いしてしまう、自分自身いずれかに与(くみ)すると結果にガッカリしかねない、各々の立場をしっかり見極めたいと・・・。然り。

 Rさんは、争論の言葉の洪水に「一体自分は何処に行くのだろう。やはり帰ろうかな・・・言葉なんか無くしてしまって」と。私自身、ここで論じつつ、もう帰りたいと途方に暮れました。でも、Rさんは「国会前の人々は雨に濡れて立っていた・・・帰らなかったね」と。

 
  【共同】           【朝日9.18】     

 社会(時代)を支配する人々は たくさんの武器を持っています。法律・様々な制度と組織・人と財力・・・。それら総てを駆使して人と社会と時代を支配します。マスコミはその一角を担う強力なプロパガンダです。新聞のY紙・S紙、放送ではNHKほか殆ど・・・。

 改めて言うまでもなく「マスコミ=ジャーナリズム」ではありません。ジャーナリズムのジャーナリズムたり得る使命は、社会の無数の声なき声を丁寧に拾い集め、広く世に出すことに他なりません。政府広報の補完でも時の支配層のための世論誘導でもありません。

 真のジャーナリズムは中立性・公平性に束縛されない筈です。声なき声を圧力に屈せず勇気をもって報じるか否かに真髄がありますから。が、現実は、垂れ流しマスコミが「支配する側」の旗幟を鮮明にする一方、まともなメディアほど中立・公平性に拘り曖昧模糊・・・。

 一体自分は何処へ行くのだろう/やはり帰ろうかな/言葉なんか無くしてしまって(Rさん)

 言葉の空しさは しばしば人としての空しさにつながりますね。「帰ろうかな/言葉なんか無くして」に、心が呻きます。何処に行くべきか、わかろうとするほどに、心が悲鳴を上げます。進むこともできず 引き返すこともできず、その場に呆然と佇みます。

 国会議事堂周辺・・・。雨に濡れ 風に吹かれ 制止されることに寧ろ安堵を覚えている方もいらっしゃるのでしょうか・・・と不遜なことを想い、若山牧水の歌をなぞっています。
 『行くにあらず帰るにあらぬ旅人の頬に港の浪蒼く映ゆ』

 「死んだ男の残したものは」 大竹しのぶと長谷川きよし (同Rさん)
 
 昔、友人に「男と女の真実を歌った曲を知ってる?」と問われました。「なんとまあ傲岸な問いかけだ」とむっとしました。「知ってるよ、なんぼでも」と言いたいところですが、こたえに詰まった私に「この曲!」 と示されたのが、長谷川きよし「黒の舟歌」でした。

 「死んだ男の・・・」。長谷川さんと大竹さんが歌われたのですね。なんとなく合点が行きます。山崎ハコさんとか美輪明宏さんとか、如何にもそれらしき方が歌うのであれば「異議あり」と言うところですが・・・。大竹しのぶさん、長谷川きよしさん、なるほどなるほど・・・。

 

 こころという無形のものが有るとして もうねじれて切れてしまっているよ(同)

 こころは 無形であるがゆえに如何様にも歪め変形させられるのでしょうか・・・。烈しい言葉にたじろぎ ふさわしいことばが形になって浮かんできません。哀しみの底に、私のことばなど何ほどの力もなく佇むほかありません。心に形はないとして色は匂いは・・・。

 寺山修司は今日を見ていたのか?
    「マッチするつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司)」 (同) 
 
 マッチする・・・砂浜でしょうか、岸壁でしょうか。わが郷里境港には外国航路の大型船も遠洋をまわる漁船も停泊します。「弓ヶ浜」と呼ばれる日本最大級の遠浅の砂州が日本海と向き合います。煙草を吸うために擦ったマッチでしょうか、戯れに擦ったマッチでしょうか。

 濃霧だったのでしょう、海と霧しか見えないその場面。寺山修司は、昨日を振り返り、戦争で国に命を捧げた者に問いかけたのでしょうか。それとも彼自身に対して、明日の彼と日本の国の明日を問いかけたのでしょうか。こたえは「風がふいているだけ」でしょうか・・・。

 「身捨つるほど」美しく優しく賢くあたたかな祖国をつくる努力がないがしろにされる一方、武器をとり勇猛果敢に戦に赴く蛮勇を褒め称える人々が、国の真ん中にいます。彼らが持っているのはマッチではありません。人を殺す、人を大量に殺戮する銃砲です。

 身捨つる その「身」には「身捨つる」ことを称え、「身捨つる」覚悟を強いる人々も含まれるのでしょうか。その身をいのちなき砂に重ね 啄木の歌を思います。
 『いのちなき砂のかなしさよさらさらと握れば指のあひだより落つ』 

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