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Channel: デ某の「ひょっこりポンポン山」
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閑話休題 ( フェスティバルホール・・・二つの公演 )

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 2週つづけて大阪フェスティバルホールへ参りました。昨春新装なってから私には初めてのフェスティバルホール、舞台には勿論、ホワイエにも客席にも何もかもに魅かれました。

    
                                    (フェスティバルホールHPより)

 初めて観た「京劇」の舞台 「国家と国民」を語るのではありませんが・・・

 最初は、中国の「京劇」公演。思いがけず或る方から招待状を頂きました。京劇の舞台をナマで観るのは初めて、興味津々で参りました。この時期、果たして客席が埋まるものだろうか・・・と思いましたけど、客席はびっしり!埋まり舞台との不思議な一体感がありました。言わば「成熟した国民」と形容すべきかもしれませんが、いつの時代であれ国家(外交)と国民は別でありましょう。尤も、国家が国民を一つきりの方向に導く懼れがあることは、今日!の政治状況にも窺えますが・・・。

 京劇は、歌舞伎と狂言をミックスし中国風にアレンジした仕立てのように思われ、違和感なく観劇できました。演目のうち、四面楚歌における項羽と虞美人の最後を描いた「覇王別姫」はクライマックスのみを上演、喜劇「鳳還巣」は全篇上演されました。個人的には「覇王別姫」を全編観たい!と思いましたが・・・。それでも「鳳還巣」は結構!巧みに会場の笑いを誘っていました。日中に何かとあるこの時期、悲劇より喜劇!との企画意図でしょうか? だとすれば政治的!かも・・・(笑)



 ハンガリーフィルの音の躍動感に酔いしれ・・・

 二つ目は、「コバケン」こと小林研一郎指揮による「ハンガリー・フィルハーモニー」の演奏会。曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、千住真理子を迎えてチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」、そして交響曲第6番「悲愴」。京劇がボックス席であったのに対してこちらは3階席(B席)、細やかな表情さえわかるボックス席とは段違いの天井桟敷?ですが、音響的には寧ろ最高の席でした。音楽をおいて他に何もない空間、音の洪水のような圧倒的量感に浸りました。

 オーケストラの水準を語る資格も能力もないことを顧みず、僭越ながら率直な感想を言いますと、日本のオーケストラにはない圧倒的な力感とエネルギーを感じました。国民性とか伝統とか様々な要素のちがいはありましょうが、「かなわないなぁ」と言う感じでしょうか・・・。アンコールは2曲・・・当然!ブラームス「ハンガリー舞曲(1番、5番)」が演奏されました。ハンガリーに縁の深いコバケンの乗りに乗った指揮も然りながら、彼ら自身!でもあるこの曲の躍動感に酔いしれました。

          

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吾輩も猫である 63 ( 主人はノンポリでも吾輩は・・・ )

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 集団的自滅権 
 吾輩は幾らでも眠りたい・・・眠りの中にこそ平和な生き様がある。猫の半分も眠らない人間は、その分、余計なことを考える。最近では「集団的自滅権」なるものを唱え、祭りはどこだ喧嘩はないか、武器は揃ったか戦争があればいつでも出撃、自滅するとは・・・ナニをさらしのフンドシ!

  

 主人たちは「上村松篁展」へ
 猫の自主的平和的睡眠と異なり、人間は集団的催眠に陥り闇雲に一つ方向へ突き進む者、これに対し集団的示威行動で抗議する者と、二つに分かれる。が、ノンポリの主人らは「留守番頼むよ」とノーテンキに上村松篁展へ。結構毛だらけ猫灰だらけ、吾輩は命の洗濯、眠りの選択だ。

  

 三代にわたる日本画家系 ・・・ 上村松園 松篁 淳之
 上村・・・と言えば三代にわたる日本画家系。上村松篁の母親は松園、息子は淳之。猫の分際で生意気を言わせて貰えば、松篁は息子淳之を凌ぐも母親松園には及ばない。芸術・スポーツでは総じて血が薄くなるにつれ才能も薄くなるのか、それとも親の「七光り」が子の輝きを奪うのか・・・。

 ※ 吾輩は好き勝手に書いているが、主人によれば「上村松篁の世界は・・・実に素晴らしい。鶴、金魚、鹿・・・生きものの“目”が同じ筆致にして各々生き生き異彩を放つ。これが芸術の芸術たる所以・・・」と珍しく感嘆していたことを申し添えておく。

           
      左から 「八仙花」 「杜若」 「蓮」 「鹿寄せ」   ※ いずれも画像をクリックで拡大

 政界の世襲と梨園の世襲
 さて、政治の世界では、まるで歌舞伎の世界(梨園)なみに世襲の観がある。尤も、梨園に生まれた子は小さいときから徹底的に鍛えられるが、政治家の跡継ぎは得てして甘ちゃん育ち、地バン・看バン、時にカバンも受け継ぎ・・・若いのになんとまあ偉そうなお坊ちゃん、お嬢ちゃんだこと!

 気になるなぁ、主人の視線が・・・
 そんな跡継ぎは、自覚より錯覚、自信より自身、見境いなき強気・・・。ま、やめておこう。猫が政治を論じても始まらない。人間界のケジメは人間がつけるしかあるまい。猫は猫らしく、吾輩は吾輩らしく・・・したいのだが、主人の視線が気になる。眠たいのに・・・どうにも気になる(ー_ー)!!

  

  美術館の帰り、鳥居前〜疎水を歩いた主人「歩いた後の宇治氷が美味!」と・・・。勝手にせい!

  
                                  

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吾輩も猫である 64 ( 「〇〇家」と家猫 )

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                             ご機嫌よう! なんて花子とアンじゃあるまいし・・・


 「家」や「師」のつく職業
 政治家だの芸術家(作曲家、画家etc.)だの宗教家だのと「家」をつける職業が人間にはある。スポーツ家、料理家とは言わない。医師・教師など「師」をつける職業がある一方、芸人・警備員など「人・員」とつくもの、車掌・大工のようにな〜んにもつかないものもある。これ、日本(語)だけ?

 英語(圏)や仏語(圏)では?
 笑ってしまうのは「作家」。小説家・随筆家ならまだしも、作家では何を作るひとなのかわからない。そういう人の世界を「文壇」と言う。一方、詩・短歌・俳句など短詩型の分野では詩人・歌人・俳人と言い、詩壇・歌壇・俳壇と、まずはわかりやすい。英語(圏)や仏語(圏)ではどうなんだろう?

 「家」が先につく家猫の場合は・・・
 猫には一切!ない。ない!と言えば聞こえはいいが、そもそも職業というものがない。野良の世界では自ら生きる術(すべ)を持たないと生きて行けない。だから生きる(食べる)ための仕事はしている。が、家猫はありがたく食べさせていただいている、犬さんのように特に愛想もふりまかず!

 職業に貴賤なし
 職業に貴賤なし。それはそのとおりであろう。政治家や医師ばかりではみんな餓死してしまう。各々の職業があって地球は成り立っている。ならばなぜ「家」だの「師」だのと大層な冠をつけるのか…。やはり人間たちの心のどこかに貴賤の意識があるからではないのか…と、猫としては思う。

 また改めて・・・
 どこかの県議さんの行状について書きたくてマクラ!に持ち出した話題なのだが、それはまた改めて・・・。くだんの県議さん、今朝の報道では辞職する由。そもそも領収書があればいいってものじゃない。そもそも「政務」活動と後援会=自分支援活動と、どう違う? はいはい、また改めて・・・。

               主人の狭〜い庭にやってきた小鳥・・・ちょっと顔がブレているのはご愛嬌


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吾輩も猫である 65 ( 人間、否、議員って・・・ )

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 号泣県議 ついに辞職・・・

 号泣会見で猫の世界でも一躍?有名になった県議が辞職した。議会にリターンは出来なくても、ギャグのインパクトで案外!TVタレントとして復活するかもしれない。猫が言うことでもないが、TV界のレベルはその程度・・・。とんでもない人に投票する人がいるように、面白がって視る人もいるゆえ・・・。



 領収書があればいいのか?

 最初は「領収書がない」ことが疑問視されていた。が、領収書があろうとあるまいと、実際に出張していようといまいと、土台!おかしな公費や内科医! 切手の大量購入も同様。実際に買っていようといまいと、実際に郵送に使っていようといまいと、いったいそのどこが「政務」たる特別な活動なんやろ。

 事務所費? 家賃だの水光熱費だの、パソコンだのプリンターだの携帯電話だの、車の購入だのガソリン代だの・・・政治家(政務活動)に限らず誰だって使い支払っていること。書籍・DVD・各種研修による自己研鑽は政治家じゃなくてもやっていること。繰返すが、領収書があればいいってものやない。

 報酬から支払えばいい!

 全額!報酬から支払い確定申告で税控除を受ければいい。それで報酬が足りないなら報酬を上げればいい。議員は自ら報酬引上げを(条例)提案できるし、自ら可決できる。ちなみに兵庫県議の報酬は月額93万円、常勤でもないのに常勤職員並みボーナスもある。加えて政務活動費年600万円!?

 政務報告を配る費用に使えば政務活動だ、と・・・。ビラの作成配布費の出処が税金だということは、配って貰う側がその費用を出しているに等しい。ビラには「この作成配布費は税金でまかなわれています」と大きく書くことだ。行政のチェックだ説明責任だ費用対効果だと言う割には、底が知れている。

 百条委員会による解明は・・・

 この県議は議会から刑事告発された由。議会は地方自治法第100条に基づく「百条委員会」を設置し自ら真相を解明出来る。この委員会には証人喚問などそれなりの権限が賦与されているが、県議会は辞職と刑事告発で幕引きしたいようだ。内心は「火の粉が我が身にふりかかる」のを避けたい!と?

 一昨年、百条委員会を設置した市議会がある。1年にわたる調査、証人喚問を経て『疑惑を解明しきれず疑惑が残った』なる結論。まぁそんなものだが、この機に自ら政務活動費の実態を百条委員会にて徹底的に調査解明する議会があれば、世の喝采を得られよう。ま、猫の知ったことではないが・・・。

  

  ※1 明13日から数日、PC環境のないところへ参りますのでコメレスはやや遅れます。
  ※2 前号「吾輩も・・・64」コメント欄にシマが研究中のテーマを記載していますが、
      みなさま、お気になさりませんように。

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閑話休題 ( 祇園祭 )

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 にわかに祇園祭「山鉾巡行」に行きたくなって・・・

 短期間ながら介護帰省で心身ともに疲労困憊・・・。16日は夜9時半に床に就き翌朝8時まで若者のように?眠りました。起きて新聞を開き「今日は祇園祭、山鉾巡行か・・・」と思うと、急に京都に行きたくなりました。そそくさと用意をして妻に「ちょっと山鉾巡行を見に行ってくる!」と言うと、「あぁ、いいわねぇ。どうぞぉ!」と・・・。

 阪急高槻で特急に乗ったのは9時過ぎ・・・先頭の長刀鉾の出発には間に合いません。烏丸に着き地上に出るとコンチキチンの音色とともに四条通りには人があふれていました。長刀鉾が見たくて群衆を掻き分けて歩くも、満員電車の中を移動するに等しくなかなか前に進みません。蒸し暑さと人いきれ・・・身体じゅう汗で「びしょ濡れ」です。

 四条河原町の角は、山鉾が角を大きく曲がる最大の見せ場です。が、四条から上る群衆と三条側から下る群衆がぶつかりニッチもサッチも状態・・・。十数年前、ここで妻が失神しそうになったことを思い出しました。で、あきらめて裏通りから河原町御池まで小走り・・・。漸くここで先頭を行く長刀鉾の稚児さんを目にすることが出来ました。

 
  「長刀鉾」の真ん中に稚児さん(河原町御池)    河原町から御池に方向転換(後方は市役所)  

 全身びしょ濡れの巡行観覧

 河原町御池からは、つぎつぎ巡行してくる山鉾を迎えながら逆行して行きました。これも結構な体力を要しますが、妻と一緒ではないので結構!身軽に?結構!強引に逆行して歩きました。四条河原町まで戻ると、もうズボン(私は「パンツ」とはよう言いません)は色が変わるほどびしょびしょ・・・まるでオモラシしているようでしたねぇ。

 で、高島屋のトイレに駆け込み、かねて用意していた下着、ズボン、シャツすべてとりかえスッキリ!しました。余裕で他の方を見ていると、みなさん、揉みに揉まれている上、全身びしょ濡れ状態です。かなりキワドイ!女性もいらっしゃいました(勿論、男性も・・・)。まぁ、みんなでびしょ濡れなら怖くない!でしょうかねぇ(笑)。

 全33基の山鉾のうち、この日は23基が巡行しました。今年から旧の巡行に戻り、24日の「後の祭り」と二つに分ける由。後の祭りでは御池通り〜河原町通り〜四条通りと逆行するそうです。まぁ私はこの日の「前の祭り」で自主的に逆行もしました。残念ながら宵山には行きませんでしたが、今となっては「後の祭り」ということで・・・。

 
 
 
                                     ↑ 飲み物などはこうして鉾に上げます

 錦通りへ そして「ト一」へ

 舟鉾(下写真)を観て「もうこれぐらいにしといたろ」と四条通りから錦通りへ。いい匂いの漂う独特の狭い通りに来て「お腹がへったなぁ」と、※「ト一」へ。昔の定食屋の雰囲気が残るお店で、京都ではここでよくお昼をいただきます。揚げたての天麩羅、富山から直送の刺身などが盛られた「ト一定食(900円)」が私の定番、お気に入りです。 ※ト一・・・四条冨小路下ル西側

 勘定のとき、祇園祭の団扇をもっていたら「山鉾にお行きやしたか?」と。「えぇ、久しぶりに楽しませて貰いました」。「そうどすか・・・気ぃつけてお帰りやす」。京都のひとはさすがにこなれてはります。帰りの電車、うつらうつらとえぇ気持ちになり・・・一駅、乗り越してしまいました。良い汗かいて・・・気持ちもリフレッシュしました。

 
 
 
    TV局の取材を受ける外国人観光客            坂本龍馬・中岡慎太郎殉難地

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吾輩も猫である 66 ( 暑さで吾輩も変!になる )

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 基本的猫権を侵害する関西の夏!
 暑い・・・。人間にも毛深いひとはいるが、猫ほどではあるまい。全身にこれだけびっしり毛が生えていると、「基本的人権を侵害する」と評される関西の夏! 人権も猫権もあったものではない。生存権にもかかわるというものだ。北海道にでも移住したいなぁ。

  

 花火を観たいだと? 
 このクソ暑いのに主人は祇園祭に行き汗でびしょ濡れになったなどと書いていた。で、今度は「花火を観に行きたい」と・・・。隣市(茨木)の弁天さんの花火大会が有名だが、郷里の「港まつり」の花火を観たいらしい。カンニンや。吾輩、もうつきあいきれんし・・・。

 SORAさんに感謝! SORAに太陽があるように!
 それでも「月に2回の帰郷はちょっときつい」と・・・。当り前や、余計なこと考えんといてほしい。で、主人が見つけたのがブロ友SORAさんの「小さな写真館」の花火。感謝!感激! SORAさん! SORAに太陽があるようにいつも主人を見守って下さい。そして勿論いつもQPに感謝・・・今後もよヨロシク!

  
       「SORAの小さな写真館」より                   Picture by QP

 ごっつい男が裸で抱き合い・・・
 人間てやつはほんと!わからん。広い野山で小さな穴にボールを入れるゲームに興じたり、底の抜けた籠にボールを押し込むゲームだとか・・・。いまTVで毎日中継しているのが大相撲。ごっつい男同士が裸で抱き合うなんて・・・狂気の沙汰としか思えない。

 

 神サマも驚く大風呂敷の歌
 人間の好きな歌もインチキ臭いのがある。例えば「この広い野原いっぱい」。変!やと思わんか? 「この広い世界中の何もかも一つ残らずあなたにあげる」と? 神サマでもそこまで大風呂敷は広げまい。挙句、「だから私に手紙を書いて」だと? 怒るぞ!

 

 この暑さ・・・吾輩も変!になってきたゾ
 暑いとどうも考えることが変!になる。変見マリとか言う妖しい歌手が「やめてぇ〜」って歌うが、ひとたび変!になると 山本ヘンダ「もうどうにもとまらない」ことになる。森変一「年増岬」のように『ワケのわからないことで悩んでいるうちに老いぼれてしまう』なぁ。

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閑話休題 「 花子とアン 」

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 赤毛のアンに魅せられた世代が・・・
 「花子とアン」は朝ドラの視聴者を新たに開拓したようです。私の姉は家にTVのない人でしたが、退職してTVを買いました。とは言え殆どオフ状態だったのに、毎朝「花子とアン」を視ていると聞きビックリ。かつて「赤毛のアン」に魅せられた世代、その余韻を求めて・・・でしょうか。

 

 演出の 安達もじり 氏
 「赤毛のアン」の演出は複数!で担当されていますが、その中の一人はNHK大阪局制作「夫婦善哉」でドラマの新境地を開いたと評された安達もじり氏。同じ大阪局制作の朝ドラ「カーネーション」でも卓越した才能を見せました。いったいどんな人物か・・・ご存じですか?

 お兄さんは 鷲田めるろ 氏
 このお名前「もじり」は、かったるい(アンニュイな?)表情の女性を描いて有名な画家モジリアニに由来します。ちなみにお兄さんは鷲田めるろ氏、姓は異なるもレッキとした兄弟で、哲学者メルロ・ポンティをもじり!命名されました。現在、金沢21世紀美術館キュレーターです。

 父親は 鷲田清一 氏
 いったいどんな親なんや?と思われるでしょうが、つい3年前まで大阪大学総長だった鷲田清一氏がそのレッキとした!父親であり、ファッションやモードに関する研究もあるレッキとした!哲学者でもあります。潔い髪型(笑)ゆえ誤解されますが、外見よりグッと若いオシャレな方です。

 インド哲学は何の役に立つのか?
 4、5年前、その鷲田清一氏に講演をお願いしました。テーマ「学問とは何か?」は、よくある!しかし難しいテーマです。『インド哲学は何の役に立つのか?やっている者にもわからない。が、いつか役に立つかもしれない。だから次代に引継ぎ残すべく取組んでいる』と・・・。

 嘉納伝助が目立ちませんか?
 さて、ドラマでは花子は確かに魅力的です。時代、とりわけ女性の時代を拓いた彼女の輝きがよく描かれています。しかしそれ以上に蓮サマが人気を呼んでいます。主役を食う役に、仲間由紀絵さんも燃えているようです。が、しかし、それ以上に嘉納伝助が目立ちませんか?

  

 肚のすわった教養人の矜持
 文字も読めない・・・人物の、今朝(7/28)の台詞。無学どころか肚のすわった教養人の矜持をさえ醸す言葉でした。 『よおく聞け。蓮子の事はこれで仕舞いにする。この嘉納伝助が、一度は惚れて嫁にした女やきに、手出しする者がおったら俺がタダじゃおかん。末代までも、一言の弁明も・・・無用!』。


  わが庭の蝉の脱殻。兄弟だろうか・・・鳥など天敵を逃れ首尾よく子孫に命を繋いだろうか・・・。

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吾輩も猫である 67 ( 吾輩の好きなひと )

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 井上あさひさん
 吾輩は井上あさひさんのファンである。誰のことかわからない? NHK「ニュース9」の女性アナ!と言えばおわかりかな? 猫の分際で・・・などと言うべからず、好きなものは好きなのである。そもそも人間だって特定の人気者の猫や犬を「かわいい」などと、もて囃しているではないか。

 それが愛! それがファン!
 顔がいい!美脚だ!なんていうのは論外である。顔がいい人、美脚は世にゴマンといる。そういう類型的な審美眼で評すべきではない。親が子を愛おしむに、顔がいいだのスタイルがいいだのとは言わない。問答無用に良いのだ、好きなのだ。それこそが愛であり、ファンというものだ。

 
         あさひさん想う遠い目                  若きワァガハイの悩み・・・      

 小澤征爾さんに首ったけ 
 さて、そのあさひさん。いつもはいかにも神妙でおかたいところが目立つのだが、今夜(8/4)の彼女は別人だった。嬉しくて仕様がない、まるで首ったけの恋人に逢っているような表情だった。誰が彼女をそうさせたか? 妬ける!その人は、吾輩もメロメロになりそうな小澤征爾さんであった。

 来年からセイジ・オザワフェスティバルに!
 例年9月に松本(長野県)で開かれる「サイトウキネン・フェスティバル」。今や日本で最大の世界的な音楽祭だが、来年から「セイジ・オザワフェスティバル」に改称される。今宵は、この音楽祭の立役者である小澤さんをゲストに迎えたナマ放送、小澤さんの語りとあさひさんの笑顔が輝いた。

 病気のお蔭で・・・納得いくまで準備
 小澤さんの語りで印象的だった言葉は、『健康な時は、なにしろ忙しくて、毎週のように演奏会があり各々曲目が異なる。スコア(楽譜)を追い、作品をつきつめる余裕などとてもなかった。病気して、周りも配慮してくれて、ゆっくり、一つ一つ納得行くまで準備できるようになったのが嬉しい』。

 和音響きあう世界
 音楽の三要素、メロディ・ハーモニィ・リズムに関して面白い場面があった。『ハーモニィは誰でもすぐできる』と、その場で「あ〜〜」と大越キャスターに顔を寄せ、更にあさひさんに顔を寄せ、自らを含め三音の和音を醸しだす。理屈抜きに、そこに三音が響きあう和音の世界が生まれた。

 妬けるなぁ〜〜っ
 間近に顔を寄せられたあさひさんの嬉しそうなこと・・・。小澤さん『これを三人でお風呂でやればもっと素晴らしくなる』。そしてあさひさんを指し『この人と一緒に入るのは羞しいけど・・・』と。あさひさん、そんなことはありません!とでも言いたげに微笑んでいた。 く〜〜っ! 妬けるなぁ〜〜っ。

 NHK受信料を払うべきか・・・
 幸せの国ブータンの王妃さんにどこか似ているあさひさん。主人がNHKトップらの放送内容への干渉に「もう払わん」と息巻いていた時、吾輩が「あさひさんが悲しみませんか!?」「あさひさんへの幸福料と思えば?」と主人の急所を衝くと、思いとどまった。ふん! 主人、吾輩の恋敵ってことか・・・。


                         夏空と白い雲と大山と・・・

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閑話休題 10 ( 視たまま聴いたまま・・・ )

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 若者たち2014
 かつて心躍らせ視ていたTV連ドラ「若者たち」。半世紀を経てリメイクされた「若者たち2014」が放送中で、家族構成・プロットなど昔のままに第5話まで来ている。が、若者の魂の叫びも真っ直ぐな怒りも心に届いて来ない。兄弟の掴みあいの喧嘩はカタチのみ、今風に言えば・・・ウザイ!

 かつての「若者たち」三部作は
 映画化された「若者たち」「若者は行く」「若者の旗」(若者三部作)は、70年代初め、ブロードサイド・フォーの主題歌とともに熱い共感を呼んだ。映画・音楽・文学すべからく思想性が問われる時代、ためらうことなく思想性を打ち出した。今では野暮でナンセンスと、嗤われるだけであろうが・・・。

 

 「男はつらいよ」はくだらないか?
 映画「男はつらいよ」。「あんなくだらん映画、タダでも観たくない」と仰る方がいる。一家言を持つ立派な方なのだが、まっとうすぎる人柄と見識ゆえか・・・。、まぁ気に入らんものは仕様がない。寅さんのくだらなさにこそこの作品の真髄があり、「くだらなくない」と反論しても仕様がないのだ。

 寅さんに・・・感謝!
 「男はつらいよ」は全作品をBSで放送中で、今日は檀ふみさんの美しさ、賢さ、優しさが際立つ第42作「ぼくの伯父さん」。なお、この作品あたりから寅さんに生気が欠け始めている。渥美清さんの死で最後となった第48作「紅の花」まで、この映画にたくさんの幸いを頂いた。感謝!

  【寅さんの「口上」より】 
 『わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。
  ヤケのヤンパチ、日焼けのナスビ、色は黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよ。
  四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い。
  四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姐(ねえ)ちゃん立ちしょんべん』

 

 【↓写真】 8月6日「広島に原爆」、8月9日「長崎に原爆」、8月15日「敗戦」。私はまだ生まれてはいなかった。が、亡くなった妹の骸を背負い焼き場で直立不動するこの少年の姿を見て、それは自分自身、あるいは私の兄弟、無数の友人達の姿であるのかもしれない、と思った。

   【この写真をとった従軍カメラマンJ.オダネル氏へのインタビューより抜粋】
 少年は焼場までくると、硬い表情で立ち尽くしていました。5〜10分立っていたでしょうか、白いマスクをした男たちが近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き焼場の熱い灰の上に横たえました。まばゆい炎がさっと舞い上がり、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
 その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づきました。あまりにきつく噛みしめたため、唇の血は流れることなく下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し沈黙のまま焼き場を去っていきました。背筋が凍る光景でした。



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吾輩も猫である 68 ( 駆け込みUP )

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 どこか変!だから・・・
 主人、特に体調が悪いわけではないらしいが・・・どうも様子がおかしい。主人がおかしくなれば吾輩としてもなかなかここに書きづらくなる。ここはこの際、吾輩の手持ち原稿を駆け込みUPしておこう。まぁ移り気の主人ゆえそのうちまた気を取り直すだろう。取り敢えず!ということで・・・。

 

 鳴り響いた長崎の鐘 起ちあがったヤングマン
 なぜかお盆の時期が来ると「なつメロ」がはやる。先日もNHKで長時間やっていた。ナニゲに聴いていて、「うむ。なかなかえぇやないか」と思った。氷川きよし「長崎の鐘」、熱唱と言うべきか・・・胸がじぃんとした。西城秀樹「ヤングマン」、再起不能と言われた男の渾身の意気地が迸っていた。

 バラもコスモスたちも枯れておしまい・・・
 島倉千代子「人生いろいろ」。彼女は映像のみの登場だったが、その歌詞に心を衝たれた。『死んでしまおうなんて/悩んだりしたわ/バラもコスモスたちも/枯れておしまいと/髪を短くしたり/強く小指をかんだり/自分ばかりを責めて/泣いてすごしたわ・・・』。 こころよりご冥福を祈る。

 福島からの絵手紙 猫の手によるものではないが・・・
 なつメロを聴きながら・・・東北大震災を思った。福島はじめ東北の吾らが同輩、猫たちはどうなっただろう。人命と同様、猫や犬、牛や馬たちの命も大切に思ってほしい。人の命も大切にしないようでは、到底!猫や犬の命などろくに顧みられることはない。福島の絵手紙を数葉UPしておく。

   

 いまは亡き「高田渡」の世界・・・
 懐かしのフォークソング特集もあった。高田渡と言っても、ご存知ない方が多いと思う。が、主人の世代には忘れ得ぬシンガーである。「自衛隊に入ろう」にみる風刺精神は些かも色褪せてはいないが、「生活の柄」の紹介にとどめたのは、現在のNHK自主規制のなせるワザかもしれない。

 ビーチ・ボーイズと “Cotton Fields”
 海外のなつメロも・・・。主人は当時「ビーチ・ボーイズなんてイカレた兄ちゃん達や」と思ったらしいが、 “Cotton Fields” を聴きながら自然にカラダが反応している。「日本語でも歌ったんや」と、『昔々おいらがガキだったころ聴いた綿摘み歌・・・今も聴こえてくるぜあの懐かし綿摘み歌』と・・・。

  

 最上のものは・・・
 「花子とアン」についても少し書き足しておく。不思議な程しばしば登場するブラックバーン校長。「Go to bed!」は気の毒に余りはやらなかった。しかし “The best things never in the past,but in the future(最上のものは過去にあるのではなく将来にあるのだ)” は蓋し出色!の言葉であった。

 事実は小説より・・・
 花子の妹かよは実在しない人物ゆえ大胆(奔放)に描かれている。脚本も演出も思うがまま「かよ像」を描き、それを黒木華が思い入れたっぷりに演じる。嘉納伝助のモデル伊藤伝右衛門氏はかなり男っぷりが良く、宮本龍一のモデル宮崎龍介氏がやや不細工なのは・・・事実は小説より奇なり。

 
   伊藤伝右衛門氏                     宮崎龍介氏           

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吾輩も猫である 69 ( 病老介護 1 「始まりの始まり」 )

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 『なんだかなぁ』と思う一瞬がある。猫でもあるのだから、人間にはもっと!あるだろう。最近よく言われる「違和感」とはやや異なる。「なんか勘違いしてませんか?」と言うのでもない。主人、些細な『なんだかなぁ』で少し休養をとっていたが、8月も間もなく終わり・・・そろそろ帰ってきそうだ。

 主人は90歳超の両親のもとに毎月介護帰省する。一時は一週間余り滞在したが、最近は2〜3泊。このショートステイ、福祉用語で言う「短期入所生活介護」ではなくただの短い帰省。老老介護ならぬ病老介護について経緯も含め2回にわけて記し、併せて主人の郷里境港の「妖怪」をご紹介しよう。


                                        主人の郷里境港「水木ロード」

 異変・・・始まりの始まり
 主人が父親の異変に気づいたのは10年余り前、80歳になった頃だった由。当時まだ車を運転しており、母親の自慢の一つだったが、帰省した或る日、父親の車に同乗し「危ないなぁ」と感じた由。信号が青になってもスタートせずクラクションを鳴らされ、車庫入れには10分余りかかった。

 母親の抵抗
 「トシをとったなぁ」と思うと同時に「運転は無理」と考え説得して廃車に踏み切らせた。本人も既に運転に自信を失っていたのだろう、案外!簡単に同意したそうだ。が、母親は 「お父ちゃんをボケ老人扱いするな」と泣きながらに訴え、「田舎では車がないと暮らせない」と頑強に抵抗した。

  
     悪魔くんとメフィスト             かみぎり               石見の牛鬼

 ボート、箪笥、篆刻、楽焼、反射望遠鏡・・・
 父親は手先が器用で、ボートを造って海釣りを楽しみ、箪笥、下駄箱、机、テーブル、椅子など父親の手作りの家具が今も使われている。また篆刻に凝ったり、窯を造って楽焼に取り組んだり、反射望遠鏡をつぎつぎ作っては学校に寄贈したこともあったようだ(反射鏡も自分で研磨した由)。

 手作り水冷クーラー
 エアコンがまだ珍しかった時代(昭和40年代初め)、古い車のラジエーターと扇風機を組み合せ、井戸水を利用した水冷式クーラー作って居間に置いたそうだが、さすがに今はもうない。またPCが一般に出始めると即購入(NEC)、家計簿や結構広い菜園の作業プロセスにPCを利用していた由。

  
父親製作の反射望遠鏡&台座         座敷童子              カシャンボ

 アルツハイマー型認知症
 7〜8年前、父親の誕生日に主人はデジカメのプリンターを贈った。が、簡単な操作がなかなか覚えられず、結局父親がこれを使うことはなかった。その頃になって漸く認知症 を疑い、地元医大の診察を受けたところ、「お気の毒ですが、アルツハイマー型認知症です」と診断された。

 「恥をかかせてはならない」
 診察結果について母親は 「医者が間違っている」との認識だった。母親のプライドが許さなかったのか、本人には勿論、親類・友人・ご近所にも一切!内緒にした。遂には、「恥をかかせてはならない」と考えたのだろう、町内会・老人会の会合に父親が出ることも「止めさせた」そうである。

 
       商店街(今や土産物店街)            水木しげる記念館(いつも着ぐるみが・・・)

 「治す」のではなく 「進行を遅らせる」
 認知症に効果的な治療法、薬は残念ながらまだない。簡単な算数の問題の繰返しとかアリセプトという有名な薬も、病状の進行を少し遅らせる程度にとどまる。それでもそうしたことの積み重ねのお蔭か父親の病状は比較的ゆるやかに進行したが、進行を止めるには至らなかった。

 幻想、妄想、徘徊
 吾輩が主人の家にきた4年前、深夜に電話がかかるようになった。母親から「お父ちゃんが、出かける!と言ってきかない」と。「〇〇に呼ばれた」「仕事がある」などと、深夜に家を出ようとし母親ではもう止められない。幻想・妄想が現れ始めたのだ。さすがに世間には隠せなくなっていた。
                                                (To be continued) 


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吾輩も猫である 70 ( 病老介護 2 「終わりの始まり」 )

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 病老介護・・・。himikoさんに、『介護と妖怪は不思議にマッチする』と仰っていただいたので、「その1」と同様、郷里境港の妖怪をご紹介しながら記したい。なお、秋の旅行シーズン、山陰にお出かけの節は海の幸を堪能され、また町を散歩しながら妖怪たちとの出遭いをお楽しみあれ。


     境港の岸壁 この海峡の向こうは出雲半島(山上にアジア最大の「森山レーダー基地」)

 がん細胞の悪性度は「G3」レベル
 3年前の夏、主人は腎がんで入院・手術した。そのことは両親には敢えて言わなかった。術後3か月、細胞診で「初期ではあるが、G3レベルの悪性度の高いがん細胞」と告げられた。再発転移リスクが高く、3月毎のCT検査を要すると・・・。考えに考え、その年の暮れ、主人は職を辞した。

 両親への告知
 「職を辞めたら帰郷するだろう」・・・両親がそう考えても不思議ではない。が、いつ再発転移するかわからない腎がん、さらに心房細動や網膜裂孔・黄斑上膜(眼)で通院している主人としては、住居を郷里に移すのは容易ならざること。その旨ありのまま両親に告げ、理解を求めるほかなかった。

  
         ネズミ男        吾輩も銅像に? ネコ男しまじろう        豆ダヌキ

 「帰郷も同居もあり得ない」と!
 父親は既に理解不能だった。母親は 「えらい目にあったなぁ」と泣いた。主人は母親に 『ぼく自身いつどうなるかわからない』 『今後の検査や治療を考えると帰郷も同居もあり得ない』 『そうした前提で今後のことを考えたいし、考えてほしい』 と告げた。母親がどう理解したか・・・いまだわからない。

 細君 「帰りますよ」  母親 「帰ってこなくていい」
 その頃、主人の細君は母親に「帰ってほしいのでしたら帰りますよ」と言った由。それを聞いて主人はかなり驚いた。しかし主人の意思が母親に通じていたからか、二人暮らしに自信があったからか、あるいは母親の虚勢だったのか・・・母親は、「帰ってこなくていい」と言ったそうである。 
  ※ 最近になって知人に 「帰ってこなくていいと、言わなければよかった」 と漏らした由。

 
    ネコ娘(JR境線「こなきじじい」駅にて)            ご存知!ゲゲゲの鬼太郎 

 家は・・・城?
 母親にとって家は「城」。主人が幼い頃、家に友達をつれて帰ると母親はすぐ「外で遊びなさい」と追い出した。父親のお客さんや親戚の来訪についても同様、いつも無愛想で不快感を隠さなかった。そのことで父親が母親を諌めたことはあったらしいが、ただの一度きりだったそうである。

 突然の落城
 2年前の夏、なかなか「空き」がないグループホームから、幸運にも「入所可」の連絡があった。この機をのがすといつ入れるかわからない。父親の認知症も進んでいたし、母親も「仕方がない」と入所に同意した。 言わば突然の落城! 母親は覚悟のないまま「一人暮らし」に入った。

 
          妖怪楽園(看板)                  メインロードの「砂かけ屋」さん         

 「お父ちゃんを返せ!」コール
 やがて母親の「お父ちゃんを返せ」コールが始まった。親戚、かつての同僚、知り合いの弁護士など手当り次第に「お父ちゃんを取り戻したい」と協力を依頼した。断られると「あなたは頼り甲斐がない」と悪態を言った。母親自身、既に施設に入る状況にあるが、城を枕に討死の覚悟か・・・。

 母親は・・・非アルツハイマー型
 Gホームに入った父親には笑顔が戻った。主人も主人の姉もそのことを大いに歓び毎月帰省して父親の笑顔を見ることを最大の歓びとしている。帰省中、母親には罵詈雑言を浴びせられるが、感情が異常に昂じ過激な言動、行動に走る「非アルツハイマー型」認知症の現れかもしれない。


                     大山の雄姿! が、このところ雨つづきで霞がかってばかり・・・。

 公的介護に立ちはだかるのは・・・
 老老介護、病老介護、再発転移リスクがつきまとうがんキャリアにとっての介護。介護の第一選択肢はすべからく「公的介護」にあるが、そこに「肉親の情」「血の道徳律」が立ちはだかる。当事者、第三者を問わず「肉親の介護はまず肉親で」との道徳律が公的介護を阻む最大の壁である。

 みんなちがってちょうどいい!?
 率直な批判も現にいただくし、いつだって「自分のブログ」だからと同意のみ求めてはいない。異論、反論、批判・・・総てウェルカム! 主人も吾輩も、もっと赤裸々に書くべきところを結構!遠慮して書いている。寧ろ率直にありのままに異論反論が寄せられ 「みんなちがってちょうどいい」と思うのだ。

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閑話休題 「 未来ササヤンカ村 」

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 もしもあなたが美しい夢を見たいと思ったら・・・

 佐々木洋一・・・と言ってもご存知の方は殆どおられますまい。 30余年前、ある詩の結社に入っていた頃に出遭った詩人です。 本人に会ったことはなく、あくまで誌上、詩を通して!ですが・・・。 その彼の詩に初めて出遭ったのが『未来ササヤンカの村』。
 『もしも/あなたが/美しい夢を見たいと/寂しい追憶の果てで思ったら/私の村/未来ササヤンカの村へ』・・・とは、なんという美しい いざないでしょう。

  

 帽子をほうりすてたような・・・

 『ちょっぴり悲しくなって/ぼろぼろの帽子をあみだにかぶる/あみだにかぶると/世界は広くなり/悲しみはやわらぐ/悲しみはすべて消しとんでしまったと/ぼろぼろの帽子をほうりすてる』。

 私はまだ帽子をほうりすてられませんでした。 脳みそを護ろうと様々な帽子をかぶっては、どれもこれも「合わない」「似合わない」と嘆きつつ・・・。 でも、この詩を読んで、なんとなく、帽子をほうりすてたような・・・そんな気になったのでした。

 揺れる乳房のひとを想うようになったのは・・・

 『髪をきりりと結んだその女(ひと)が/ぼくに向かって/こうして/こうしなさい/と言うので/ぼくは腹が立って/ついには好きになってしまったのです』 
 『これは矛盾とかいう言葉で/あらわされるのですけれど/じつは最初に出会ったときから/口唇が少し赤くなったりしていたのです』 
 『ところが/ぼくがたった一つの口唇を鋭くして/お茶でも飲みに行こう/と言ったら/その女(ひと)はほんのひとこと言ったのです/お友達と約束があるので』 
 『それからです/揺れる乳房の女(ひと)を想うようになったのは』。

  

 ”GIVE ME A BOAT ”

 朝ドラ「花子とアン」のタイトルバックでは 帽子が空をとび 未来ササヤンカ村の空とかさなります。 今日の「花子とアン」では、なつかしい ※「Give me a boat」 が歌われました。 かつてPPMで聴いて心あらわれ、モーターボート協会のCMで聴いてがっかりしましたが・・・。
 ※ 「There is a ship」「The water is wide 」のタイトルも・・・。

  

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腎がんのメモリー 14 ( 術後3年検診 )

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 薔薇を育てることがとんなに難しいことかなんて・・・考えたこともありませんでした。路傍の小さな花に心をよせ醜く枯れた薔薇を痛ましく思うようになったのはいつ頃からでしょう。少なくとも病というものに現実味がなかったときの私にはあり得ない心の動き、心の趣きではありました。

 

 術後3年、ちょうど10回目の検診

 9月2日、腎がんの術後3年検診にまいりました。本当は7月が術後3年ですが、最初の2年は3月毎、この1年は半年毎に採尿・採血・胸腹部CTの検査・・・それらの検査日が少しづつずれて、9月になりました。ちょうど10回目の術後検診、今回は2年半ぶりに「骨シンチ」も加わりました。

 相性の悪い?検査
 
 手術を受けた某医大で検診していますが、なぜか検査スタッフとは相性が悪く・・・昨年の術後2年検診では「消毒しないまま採血」。昨年はCTでも、いつもつく看護師がつかず技師1人で行いドームに腕をはさまれました。大声で叫ぶと、暫くして慌てて看護師が現れましたが、腕に青痣が出来ました。

 今回は、採血をするスタッフ7〜8人のうち一人だけ制服が異なる人に採血されました。なかなか針がたたず「ためらい打ち」の末、「すみません。出来ません。代ります」と他のスタッフと交代。こんなに痛かった採血は初めてです。若い初心者なら兎も角、どう見ても・・・50歳前後の方でした。

 骨シンチグラフィ

 CTは無事?終了して午後は骨シンチ。腎がんは肺と骨への転移が多いがんです。骨シンチは、放射性同位元素(アイソトープ)を注射し、2〜3時間後に全身を撮影します(約40分)。がんが骨に転移すると黒く映ります。検査結果の画像は自分の全身の骸骨図、ちょっと、否、かなり引き!ます。

 骨シンチの検査中はビートルズの曲が流れます。2年半前に受けた際もビートルズでしたから、ここのスタッフの好みなのでしょうが、結構!検査音があるため心地よく聴けたものではありません。何の因果か?20代に別の病院で受けた扁桃腺全剔手術でもビートルズが流れていました。

 なんやかや一日仕事の検査

 終わって会計に行くと「保険証を!」。迂闊にも忘れました。すると「10割負担で支払うとの誓約書を出して頂きます」。「一週間後にも来るのでその時に保険証を出します」。「それでも誓約書は出して頂きます」。何やかやで会計に1時間、この日は朝9時から午後4時過ぎまで・・・ぐったりでした。

 

 ちょっと厭な感じ・・・

 一週間後の9日が検査結果を聞く日。一週間・・・なんとなく落ち着きませんでしたが、やはりこの日が一番!落ち着きません。9:30の予約ながら、予約時刻前に真っ先に呼ばれ「ちょっと厭な感じ」。入ると主治医が難しい顔で『採血・採尿はいいんですけどねぇ』にますます厭な感じ・・・。

 『CTはと・・・。う〜む・・・悪くない』。そう言いつつ画像をくるくる動かす。 『これが手術したところ。いいねぇ』 『肺も見たい?見る?」。 私 「えぇ、お願いします」。 『いいよぉ。何もない、なにも・・・』。 私 「骨シンチは?」。 『そうそう、骨シンチね。う〜む・・・悪くない。再発転移を認めず!やねぇ』。

 えぇ先生やけど精神衛生上は・・・

 ドッと疲れますワ、この先生には・・・。手術をした先生は、昨年、他の医大の教授に招かれ、この人がその後の主治医になりました。なかなかとぼけていて人間味のある良い医師だとは思います。まぁ再発転移した時の練習だ!と思うことにしていますが、精神衛生上のダメージはキツい!

 会計で保険証を出して3割負担で再計算して貰いました。27000円也。訊くと、会計はみな外部委託になりここには正規職員さんはいないとのこと。もしかして採尿・採血など検査部門も外部委託or一部派遣スタッフ? だとすればこの間の「仕打ち」も納得! 委託は良くないと思うなぁ。

 身土不二
 
 帰路、私鉄の駅まで4km程ウォーキング。再発転移ならタクシーで瞑目していたでしょう。待ち時間にあちこちメールで無事!を報せていたので、歩いているところにつぎつぎお祝いのメールが・・・。妻とは駅で待合わせ、お気に入りのお店、その名も「身土不二」の和食膳でお祝いしました。

 身土不二・・・「人の一生において身に顕れる総ては、その身が晒された環境と一体のものである」の意の仏教用語です。実に身にしみてわかります。わかるのが遅きに失しましたが、わかっただけでも幸いに思います。身が晒される環境には「人」も・・・。病を得て良い人にたくさん巡り遭いました。


                                        【 SUPER MOON Sep.9,2014 】

 【血液検査の結果を附記しておきます】

  T-BIL(総ビリルビン )・・・ 基準値 0.1〜1.0 に 1.56  3年間ずっとH 血が濃い!体質?
  IP(無機リン) ・・・ 基準値 2.5〜4.5 に 2.5  Lぎりぎり 甲状腺機能が低い?
  他の項目は総て基準値の範囲内でしたが、主なものでは
  LDH・・194  AST・・27  ALT・・25  CRE・・0.88  e-GFR・・67.3  CRP・・0.07  T-cho・・185
  Lymph%・・28.1 免疫力の指標。30%超でがん細胞はほぼ死滅する由。
              術後ずっと30%超でしたが、今回割ったのはライフスタイルに弛み、油断?

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吾輩も猫である 71 ( エストニアの合唱祭 「歌の原」 )

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  【タリン(エストニア)の旧市街の光景を織り込みながら・・・主人の思いに少しつきあうことにした】

 昨年の初夏(5/27〜6/3)、主人と細君はバルト三国を巡るツァーに参加した。その前年はトルコへの旅10日間、リタイア後せめて年1回は海外旅行へと・・・。しかし今年は今のところ計画がない。健康管理上の問題もあろうが、やはり毎月の介護帰省の影響かなぁ・・・。

 そのバルト三国の旅で特に印象的であったのは、リトアニア、ラトビアを経て最後に行ったエストニアの首都タリンの「歌の原」。5年毎に開かれる合唱祭で、昨夏は開催年ではなかったが、会場を訪れ今はやりの言葉で言えば「想像の翼」をめぐらせ感慨に浸っていたそうだ。

 
       「歌の原」の開かれる広場              そのステージとなる半ドームにて

 今夏はその5年に1度の「歌の原」が開かれる。主人はTVの旅番組などで報じられるのを注目して待っていた。が、ちっとも報じられない。諦めていた時、ベルギー在住の日本人ホルン奏者のブログに今夏の「歌の原」の様子がYou tube.で紹介され・・・主人、歓喜!感激!(最下段You tube参照)

 この半世紀の世界史で最も大きな出来事を一つ!と言われれば、やはりヨーロッパにおける社会主義の崩壊とソ連邦下にあった国々の独立であろう。主人の世代が学んだ社会科の教科書は、主人の子ども世代ではまるで使いものにならなくなるほど世界史・地理は大きく塗り替えられた。

                    【トームペアの丘から眺めるタリン市街(はるか向こうにバルト海)】

 同じ社会主義の崩壊でも、バルカン半島(主に旧ユーゴ)では血で血を洗う内戦がつづき、終息後なお怨念、対立は残されたままだ。一方、バルト三国では殆ど血が流されなかったのは、「歌の革命」と言われるほどに、歌にこめられ歌に託された願いが平和的な独立をもたらした。

 
 タリンの玄関?「太っちょマルガリータ」前にて          街の中心部ラエコヤ広場          

 最近、ローマ法王が「第三次世界大戦を危惧している」との報道があった。第三次・・・は大参事に通ずる。人間たちは歴史から何も学ばず、時に歴史の事実さえ勝手に創りかえる生き物である。ローマ法王が危惧するだけの事態がこの日本でも進みつつあると、猫界も危惧している。

 であるだけに、このバルト三国の「歌の革命」を、愚かな人間における数少ない叡智の前例として学んでほしいと願うのだ。猫が何を偉そうに!と? 言っておくが、大震災や戦火で命を失うのは、人間以上に、何の罪もない多くの生き物なのだということを肝に銘じて頂きたい。

 
  郊外の公園で開かれている「市(いち)」にて        白夜のタリンの野外コンサート
       
  【タリン「歌の原」2014】



   【旅行記サイトに記した「バルト三国の旅」】 ※ リンクバーはコメント欄の最初に!
     リトアニア編 http://4travel.jp/travelogue/10781829
     ラトビア編  http://4travel.jp/travelogue/10782371
     エストニア編 http://4travel.jp/travelogue/10782780

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感謝! ブログ開設一周年を迎えました!

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                                               【9月の樹と雲と空と】

 
    ブログ「デブと某医のひょっこりポンポン山」開設一周年 心より御礼感謝を申し上げます

 gooから通知があり、本日このブログ「デブと某医のひょっこりポンポン山」が開設一周年を迎えたことを知りました。数えてみましたら、「吾輩も猫である」をはじめ103回、概ね週2ペースでUPしています。アクセスは日に100〜400、人気ブログには程遠いながら十分!嬉しく思います。

 カテゴリー別では、「吾輩も猫である」が70回・・・飼猫シマジロウが書いています。「腎がんのメモリー」は14回・・・告知〜術後3年の記録のほか、医療制度等についても記しています。時々の所感「閑話休題」は11回、「旅行記」はトルコとバルト三国各3回、ブログ開設挨拶など2回、以上103回です。

 コメントはたくさんいただき望外の歓びです。ブログについてしばしば「なんのために?」と問われます。ひとそれぞれ様々な思いがおありでしょうが、ちょうど1年前の9月18日にUPした・・・『ごあいさつ “今日からブログを始めました” 』・・・のまま今も変わりはありません。※【下段写真下ご参照ください】
 
 ここをお訪ね下さるすべての方に心からの感謝を申し上げます。そしてどうか今後ともよろしくおつきあい下さいますようお願い申し上げます。皆さまのますますのご活躍と、なによりも・・・ご自身 ご家族が いつも! いつまでも! ご健勝でいらっしゃいますよう心よりお祈り申し上げます。

                               2014.9.18   デブと某医拝 シマジロウ 拝

 

     ※ 【1年前の今日のごあいさつ】

ごあいさつ 『今日からブログを始めました』ブログを始めました。お訪ねくださりありがとう存じます。 「デブと某医」は以前から使っているハンドル・ネームです。ただし「某医」ではあっても医師ではありません。ちょっと音楽の...>続きを読む
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閑話休題 「 Stand Alone ・・・ ひとりの祈りが心を繋いでいく 」 

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 森麻季さん「ソプラノリサイタル」と岩合さん「猫写真展」

 土曜日の午後、『森麻季ソプラノリサイタル』に出かけました(いずみホール)。妻は以前から彼女の大ファンですが、今回はこのところ凹みがちの姉を元気づけるために・・・と考えてのことでした。もう一つは「岩合さんの写真展 ”ねこ”」。どんより曇りやや肌寒い日ながら心地よい時間を過ごしました。

 新しい時代を拓く「うねり」のように
 森麻季さんをブレイクさせたのはNHK「坂の上の雲」のテーマ “Stand Alone”。すでにドイツやイタリアの歌劇でコロラテューアの透明感にみちた美声で広く知られていた彼女ですが、新しい時代に挑む明治の俊英たちを描くにふさわしく、のびやかにうねる美声にこころ深く・・・魅入られました。

 人間の力 歌の力
 母から日に20回を超える電話、毎日のように届く手紙・・・。「この歳で母に命を縮められるとは・・・」と嘆き塞いでいた姉ですが、森麻季さんの澄みきった、そして力の漲った歌声は大いに心を励ましたようでした。音楽の力、とりわけ人間そのものを楽器とする音楽の力を思いました。

 まるで姉のために・・・?
 曲目は、Stage?・・・グノー:歌劇「ロミオとジュリエット」より “私は生きたい” 、シューベルト「アヴェ・マリア」、R.シュトラウス「明日」「解き放たれて」etc.まるで姉のために選曲されたようなステージでした。独唱の間をつなぐ山岸茂人さんのピアノも各々小品ながら控え目に、そして美しく・・・。

 鳴りやまぬ拍手
 Stage?では歌声にますます力が漲りました。プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」「トゥーランドット」から数曲、天上にもとどく研ぎ澄まされた美しく気高いコロラテュアソプラノ・・・。ラスト、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」より “私が道を歩くと・・・” には、拍手が暫く鳴りやみませんでした。

 出直しの秋!に
 さらにアンコールが圧巻! 三曲歌われ、前記 “Stand Alone” の絶唱には、胸が熱く・・・なりました。私にとっては勿論、彼女の大ファンの妻にも、なにより姉のために「素晴らしい土曜の午後」になりました。姉のリタイア後最初の書(共同編著)も貰いましたし、様々な意味で出直しの秋に! 

 猫好きの集まる「猫展」へ・・・
 帰り、まだ午後5時前でしたから、京橋から大阪駅で降り阪急百貨店へ。友人から「ぜひ!」と勧められていた『猫展』と、猫好きなら知らない人のいない写真家『岩合さんの猫写真展』へ。森麻季さんの世界とは異なりますが、これはこれでなんとまぁ愉しいこと、幸せな時間でありました。

     
 【クリックで拡大されます】 

         Stand Alone/森麻季 NHK「坂の上の雲」より ※歌詞にも・・・心うたれます!


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吾輩も猫である 72 ( オチ!がない )

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                                       【米子道:米子ICより眺む大山(9/23)】

 主人が留守になると・・・

 23日朝、主人は境港(鳥取県)へ二泊三日の短い介護帰省に出発。甘い主人と異なり何かと躾に厳しい細君だけになると、な〜んとなく緊張する。そのくせ思い出したように「シマぁ〜」と猫撫で声、否、ヒト撫で声で寄ってきてはぎゅっと抱きすくめる。吾輩としては・・・当惑するばかりである。

 その短い帰省から、昨25日、主人が戻った。トコトコトコっと主人に走り寄ったのは、主人が懐かしいからではない。細君に辟易していただけなのだが、主人は「おぉシマ!やっぱりオレが一番やねんなぁ」と悦に入っていた。なんともまぁお安い主人だが、上等の鰹節を貰えば文句はない。

 

 境港 妖怪ロードで超ミニオフ会

 帰省中、旅行記のサイトで親しくなったhidamariさん(ハンドルネーム)と『超ミニオフ会をした』と、歓んでいた。なんでもダイヤモンド・プリンセス号なる豪華客船にてクルーズ中の前記hidamariさんが、ちょうど主人の帰省中に境港に寄港するという希少チャンスに恵まれたオフ会であった由。

  
    【JR境駅の水木しげる像】

 乗客2400人(日本人400人)が小さな境港に押し寄せたのだから、「妖怪ロード」には外人さんがいっぱい!であった由。出港まで僅か1時間余、街角に佇んでのオフ会ながら、愉しいお話がいっぱい出来たと主人が大満足であったのは、心重い介護帰省の貴重な和みとなったゆえか・・・。

      
   汚水枡の妖怪たち  【左から】 鬼太郎、ぬりかべ、一反木綿、ネコ娘、ネズミ男、こなき爺い

 ラス前の「花子とアン」

 主人、今朝はのんびり朝ドラ「花子とアン」を視ている。いよいよ明日の最終回を控えたラス前、本のタイトルが「窓辺による少女」から「赤毛のアン」に変わる場面であった。いみじくも今朝の朝日新聞「天声人語」に、本のタイトルが決まる経緯についての或るエピソードが書かれていた。

  
   『神は天に在り、世はすべてよし・・・アンはそっとつぶやいた』を以て ”完 ”の「赤毛のアン」

 「風」から「氷点」に 「猫伝」から「吾輩は猫である」に

 半世紀も昔のことになるが、朝日新聞が当時の宝くじ一等と同じ賞金1千万円で募集した懸賞小説の入選作「氷点」のタイトルは、当初は「風」であったと・・・。夫君に「氷点」を提案された三浦綾子さん、作品にふさわしい素晴らしいタイトルだと歓び「風」から「氷点」に・・・なるほどなぁ!と思った。

 夏目漱石「吾輩は猫である」は、当初の漱石案は「猫伝」。が、俳人高浜虚子の助言で「吾輩は・・・」に改題された。もし「猫伝」であれば吾輩のこのブログ名もなかったのだ。また「三四郎」も、漱石の四つの案「青年」「東西」「平々地」「三四郎」から、編集部が「三四郎」を選んだそうである。

 「カサがない」は井上陽水・・・今回は「落ち!がない」

 なんやかや書いてるが、落ちは?と? 関西の風土にあって「落ち!」は必須不可欠と承知してはいるが、親のお金、親の命と同様、落ち!もまたいつも!いつまでもある!とは限らない。左様ご理解を賜わり、皆々様、今回のところはヒラにご容赦・・・ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃぁ。


                         【台風が近づく24日、弓ヶ浜(日本海)より大山を眺む】

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閑話休題 ( 立花 隆 「臨死体験」・・・死ぬとき心はどうなるのか )

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 立花 隆  田中角栄の研究」 「日本共産党の研究」

 立花隆。彼の名を知ったのは70年代半ばに刊行された「田中角栄研究〜その金脈と人脈」、絶頂期にあった田中角栄を退陣に追込み一躍その名を知らしめた方でした。しかし当時も今も札付きの右傾誌で知られる「文芸春秋」から刊行された書であることは、如何にも不思議ではありました。

 角栄を退陣に追込むため仇敵の福田赳夫が検察と協力、検察から立花隆に大量の疑惑!情報が流された由。真偽の程はわかりませんが、あり得ないことではあり得ないと・・・(笑)。その流れで角栄研究から2年余が過ぎ、当時右肩上がりであった「日本共産党の研究」が刊行されました。

   

 「えぇ加減な奴」 に惹かれるまで・・・

 隆盛を極めた田中角栄を撃破、右肩上がりの共産党を揶揄して左肩下がり?に追い込んだ立花隆は、気鋭の評論家として脚光を浴び、今に至るゆるぎない名声を得ました。「えぇ加減な奴や」と、私は彼が大嫌いでしたが、その後、かなりの年月を経て(不遜にも?)彼を高く評価するに至りました。

 一つは20年余前、NHKスペシャルでの彼のレポート「臨死体験〜人は死ぬ時 何を見るのか〜」・・・私の人生観に少なからぬ影響を及ぼしました。もう一つは、一昨年トルコを旅した際にご一緒した方に奨められた彼の著「エーゲ」※・・・読んで欧州的世界観が広がり痛く!惹かれました。
※私の旅行記にも… http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/d724e6e38daa86fef94d4f02604c8043

  

 立花 隆  「思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか」 

 先夜、前記「臨死体験」の続編と言うべきNHKスペシャル「立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか」が放映されました。『死ぬのはそれほど怖い事ではないとわかった』『いい夢を見たい、見ようという気持ちで、人間は死んで行けるのではないか、そんな気持ちになった』・・・。

  

 『人間の心の平安を乱す最大のものは自分の死について頭を巡らせること』『人生の究極の目的は、つまるところ心の平安である』・・・。臨死体験については勿論、人間の夢や意識のメカニズムについてはいまなお未解明ですが、『科学で証明する必要はない』に、私は深く頷きました。
  * ここではとても紹介しきれません。再放送されればぜひご覧ください。

  

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目次? 「ごあいさつ」

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