紙ふうせん 黒田三郎の歩んだ「道」
『おちてきたら/こんどはもっと/たかくたかく/うちあげようよ/もっとたかく/うちあげようよ・・・ねがいごとのように』。70年代の初め、黒田三郎さんの詩をもとに「赤い鳥」が歌いました。後にグループは分裂し、後藤悦治郎と平山泰代のデュオはこの歌にちなみ「紙ふうせん」を名乗りました。
黒田三郎さんの印象深い言葉があります。『黒田は左傾化したと言う人がいる。僕はいつも道の真ん中を歩いているつもりなんだけど、それでも左傾化したと・・・。たとえ僕が道の真ん中を歩いていても、道が右に曲がりよじれると、真ん中を歩いている僕が左にいるように見えるんだろうか?』。
【 Cut by QP 】
小椋佳さんの生前葬コンサート 「秋の一日」と「愛しき日々」
先夜、小椋佳さんの「生前葬コンサート」がBSで放映されました。冒頭で歌われたのは「秋の一日」、かつて西武グループを率いた故堤清二さんの詩に小椋佳さんが作曲しました。堤清二さんと言えば、辻井喬の筆名でつとに知られる作家ですが、ここでは「作詞は藤村渉」と紹介されました。
『水道の蛇口から時おり水が滴って/朝の日にきらきらと輝きながら落ちてゆく/裏道を子供達が歓声を上げて駈けてゆく・・・忘れていた西向きの張出し窓の片隅に/グローブや水槽が埃りをかぶって置いてある/アパートの屋根の上の夕焼雲が広がって/秋になったのか光線がとても爽やかだ』。
どれも好きな曲ばかりで、とりわけ好きなのは「さらば青春」だけど、これは「後編」として来週放映されるそうです。いったい何度、青春にさらば!したかしれないけどね。どの曲も何度も聴いたのに、「愛しき日々」になぜ涙がこみ上げてきました。生前葬とは言え、葬式なんだから、まぁいいかな・・・。
小椋佳「愛しき日々」・・・もう少し時がゆるやかであったなら
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