朝ドラ 「エール」 を楽しんでいます。しかしわが友人には 「古関裕而はたくさんの軍歌を作曲した軍国主義者」 と仰る方も少なくありません。NHKもそこを気にしたのか 『英雄たちの選択…昭和に響いた ”エール” ~作曲家 古関裕而』 で彼の生涯を特集しました。
登場したのは 今や歴史タレント磯田道史さん。最近は小説より辛口の論評が目立つ高橋源一郎さん。朝ドラ 「エール」の風俗考証を担う史学者刑部芳則さん。司会はNHK杉浦友紀アナウンサー。細面なのにマリリン・モンロー級アナウンサーでいらっしゃいます。
左から高橋源一郎さん、杉浦友紀アナ、磯田道史さん、刑部芳則さん
で、どんな軍歌があるのか…「勝って来るぞと勇ましく誓って故郷を出たからは手柄たてずに死なりょうか進軍ラッパ聴くたびに瞼に浮かぶ…」(露営の歌) 。「若い血潮の予科練の七つボタンは桜に錨 今日も飛ぶ飛ぶ霞ヶ浦にゃでっかい希望の雲が湧く」(若鷲の歌)」
高橋源一郎さんは『軍歌は嫌いです』と語りつつ 『でも古関裕而の軍歌はいいなと思うんです』 『軍としては威勢よい歌がほしい。が、古関の歌はよく聴くと暗い! 彼のマインドは根っからの庶民だから。日本人の無意識の感情に届き戦争の歌とは思えなくなる』
※ 私も高橋さんと同じく軍歌は大嫌いであり、高橋源一郎が「古関裕而の軍歌はいい」というその「露営の歌」「若鷲の歌」も好きではありません。ただ大伴家持の原歌による「海行かば」(作曲:信時潔)には心うたれます。大戦下、軍が玉砕を報じるニュースの冒頭にこの曲が流されたことを思えば「心うたれる」と言うのは憚られますが、厳粛な鎮魂の情として「かへりみはせじ」の一節は心に迫ります。
刑部芳則さんは 「本音と建前がある」と言います。『戦場で死んで帰ってこい!と言われた時代でも、そう思って出征する兵士はいない。国の為に死んで帰ってこいと思う妻や母親も一人もいない。そのあたりの本音の心情をメロディにしたのが古関裕而の歌』
磯田道史さんは 『勝ってくるぞと勇ましく』なんて言わなきゃいけないのは勝つ自信がないことの表れ。ひょっとしたら犬死を強いられるかもしれない…そういう感情が印画紙のように表れている』『軍は戦意高揚をめざしても大衆は無意識にそうではないと感じる』
古関裕而は西条八十らと戦地に赴き、克明なノートのほか、映像も撮影しています(彼の記念館に収蔵)。前線の過酷な現実を目の当たりにした古関裕而が、戦意高揚にと命じられ作る曲に、戦中戦後様々な思いが去来したであろうことは想像に難くありません。
戦争末期、軍は「比島決戦の歌」を古関と西条に命じます。できた歌詞『レイテは地獄の三丁目 出てくりゃ地獄へ逆落とし』に軍は異を唱え、日露戦争の「水師営の会見」の歌詞『敵の将軍ステッセル』にちなみニミッツ・マッカーサーの名を入れるよう迫ります。
すなわち『いざ来いニミッツ、マッカーサー 出てくりゃ地獄に逆落とし』と。西条は「水師営の歌の敵将ステッセルには、敵将ステッセルにも自軍乃木にも互いの武勇への敬意がこめられている。単なる憎悪は武士道にもとる」 と抵抗しますが、通りません。
「露営の歌」のレコード盤 … 作曲 古関裕而、歌手に 霧島昇 伊藤久男の名も。
軍の横暴について高橋源一郎さんは『運命から自分ひとり脱け出すことはできない。庶民全体がその方向に行こうとする時、大衆音楽の作曲家としては庶民を見棄てられない。最後まで運命をともにするのが大衆音楽の作り手の倫理だと考えたのではないか』。
「比島決戦の歌」を作詞した西条は古関に「明るい長調の曲を!」と注文したそうです。しかし古関は敢えて哀愁を帯びた短調の曲を作り西条を説得したと言われています。詞では曖昧にできない意図を曲ではきちんと描ける、と古関は考えたのかもしれません。
一方、磯田さんの指摘は鋭い。『本当は作曲したくなかったのでしょう。水師営の歌には敵への敬意がありますが、比島決戦の歌には敵愾心だけ。明治から昭和になるとなんと品が悪くなったことか! 正気ではない軍人と仕事するのは難しかったでしょうね』
敗戦。兵士を鼓舞するためとはいえ戦意高揚の歌を作ってきたという事実が古関裕而の心を片時も離れることはなかったのでしょう。1975年放送のTV番組で、特攻に飛び立つ若い隊員から届いた手紙を紹介しながら古関裕而が語る言葉に心をうたれました。
『若鷲の歌を歌いながら飛びたちます、との手紙を頂戴したことがあります。本当に、いま考えますと、胸が痛んで参ります。自分の手で、自分の作った歌で、多くの若者を死地に追いやったという思いは消えません』。その思いが古関裕而に新しい力を生みます。
思いはやがて「長崎の鐘」へとつながります。ご存じの方も多いと思いますが、この歌は深い悲しみに満ちた短調音階で始まり心をぎゅっとしめつけます。しかし曲はやがて力強い長調に転調します、打ちひしがれた人々に再起!再生!のエールをおくるように…。
NHK朝ドラ「エール」より…古山裕一(古関裕而)の窪田正孝、古山音(古関金子)の二階堂ふみ
東京五輪「オリンピックマーチ」、NHKスポーツ中継テーマ曲、高校野球「栄冠は君に輝く」、早大・慶大の応援歌「紺碧の空」「我ぞ覇者」、巨人・阪神の応援歌「闘魂こめて」「六甲おろし」、歌謡曲「高原列車は行く」、ザ・ピーナッツ「モスラの歌」…
生涯に五千曲超!の作曲を手がけた古関裕而。高橋源一郎さん流には 「職業音楽家」、磯田道史さん流には「誂(あつら)える人」、そして刑部芳則さんの言う「戦前・戦中・戦後…どんな時代であれ国民をなぐさめ励ましてくれた国民音楽家」ではありましょう。
長崎の鐘 … 安田祥子さん(お姉さん)がいいですね。由紀さおりさんの三番のオブリガードも印象的!
【過去ログ目次一覧】
吾輩も猫である~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
吾輩も猫である~80 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/dce7073c79b759aa9bc0707e4cf68e12
吾輩も猫である81~140 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/f9672339825ecefa5d005066d046646f
吾輩も猫である141~ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/b7b2d192a4131e73906057aa293895ef
人生の棚卸し http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/ddab58eb8da23a114e2001749326f1f1
人生の棚卸し(2) https://blog.goo.ne.jp/00003193/e/22b3ffae8d0b390afee667c0e9ed92ed
かんわきゅうだい(57~) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/20297d22fcd28bacdddc1cf81778d34b
かんわきゅうだい(~56) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a0b140d3616d89f2b5ea42346a7d80f0
閑話休題 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/c859a3480d132510c809d930cb326dfb
腎がんのメモリー http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/bee90bf51656b2d38e95ee9c0a8dd9d2
旅行記 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e
新聞・TV・映画etc. http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a7126ea61f3deb897e01ced6b3955ace
ごあいさつ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/7de1dfba556d627571b3a76d739e5d8c
登場したのは 今や歴史タレント磯田道史さん。最近は小説より辛口の論評が目立つ高橋源一郎さん。朝ドラ 「エール」の風俗考証を担う史学者刑部芳則さん。司会はNHK杉浦友紀アナウンサー。細面なのにマリリン・モンロー級アナウンサーでいらっしゃいます。
左から高橋源一郎さん、杉浦友紀アナ、磯田道史さん、刑部芳則さん
で、どんな軍歌があるのか…「勝って来るぞと勇ましく誓って故郷を出たからは手柄たてずに死なりょうか進軍ラッパ聴くたびに瞼に浮かぶ…」(露営の歌) 。「若い血潮の予科練の七つボタンは桜に錨 今日も飛ぶ飛ぶ霞ヶ浦にゃでっかい希望の雲が湧く」(若鷲の歌)」
高橋源一郎さんは『軍歌は嫌いです』と語りつつ 『でも古関裕而の軍歌はいいなと思うんです』 『軍としては威勢よい歌がほしい。が、古関の歌はよく聴くと暗い! 彼のマインドは根っからの庶民だから。日本人の無意識の感情に届き戦争の歌とは思えなくなる』
※ 私も高橋さんと同じく軍歌は大嫌いであり、高橋源一郎が「古関裕而の軍歌はいい」というその「露営の歌」「若鷲の歌」も好きではありません。ただ大伴家持の原歌による「海行かば」(作曲:信時潔)には心うたれます。大戦下、軍が玉砕を報じるニュースの冒頭にこの曲が流されたことを思えば「心うたれる」と言うのは憚られますが、厳粛な鎮魂の情として「かへりみはせじ」の一節は心に迫ります。
刑部芳則さんは 「本音と建前がある」と言います。『戦場で死んで帰ってこい!と言われた時代でも、そう思って出征する兵士はいない。国の為に死んで帰ってこいと思う妻や母親も一人もいない。そのあたりの本音の心情をメロディにしたのが古関裕而の歌』
磯田道史さんは 『勝ってくるぞと勇ましく』なんて言わなきゃいけないのは勝つ自信がないことの表れ。ひょっとしたら犬死を強いられるかもしれない…そういう感情が印画紙のように表れている』『軍は戦意高揚をめざしても大衆は無意識にそうではないと感じる』
古関裕而は西条八十らと戦地に赴き、克明なノートのほか、映像も撮影しています(彼の記念館に収蔵)。前線の過酷な現実を目の当たりにした古関裕而が、戦意高揚にと命じられ作る曲に、戦中戦後様々な思いが去来したであろうことは想像に難くありません。
戦争末期、軍は「比島決戦の歌」を古関と西条に命じます。できた歌詞『レイテは地獄の三丁目 出てくりゃ地獄へ逆落とし』に軍は異を唱え、日露戦争の「水師営の会見」の歌詞『敵の将軍ステッセル』にちなみニミッツ・マッカーサーの名を入れるよう迫ります。
すなわち『いざ来いニミッツ、マッカーサー 出てくりゃ地獄に逆落とし』と。西条は「水師営の歌の敵将ステッセルには、敵将ステッセルにも自軍乃木にも互いの武勇への敬意がこめられている。単なる憎悪は武士道にもとる」 と抵抗しますが、通りません。
「露営の歌」のレコード盤 … 作曲 古関裕而、歌手に 霧島昇 伊藤久男の名も。
軍の横暴について高橋源一郎さんは『運命から自分ひとり脱け出すことはできない。庶民全体がその方向に行こうとする時、大衆音楽の作曲家としては庶民を見棄てられない。最後まで運命をともにするのが大衆音楽の作り手の倫理だと考えたのではないか』。
「比島決戦の歌」を作詞した西条は古関に「明るい長調の曲を!」と注文したそうです。しかし古関は敢えて哀愁を帯びた短調の曲を作り西条を説得したと言われています。詞では曖昧にできない意図を曲ではきちんと描ける、と古関は考えたのかもしれません。
一方、磯田さんの指摘は鋭い。『本当は作曲したくなかったのでしょう。水師営の歌には敵への敬意がありますが、比島決戦の歌には敵愾心だけ。明治から昭和になるとなんと品が悪くなったことか! 正気ではない軍人と仕事するのは難しかったでしょうね』
敗戦。兵士を鼓舞するためとはいえ戦意高揚の歌を作ってきたという事実が古関裕而の心を片時も離れることはなかったのでしょう。1975年放送のTV番組で、特攻に飛び立つ若い隊員から届いた手紙を紹介しながら古関裕而が語る言葉に心をうたれました。
『若鷲の歌を歌いながら飛びたちます、との手紙を頂戴したことがあります。本当に、いま考えますと、胸が痛んで参ります。自分の手で、自分の作った歌で、多くの若者を死地に追いやったという思いは消えません』。その思いが古関裕而に新しい力を生みます。
思いはやがて「長崎の鐘」へとつながります。ご存じの方も多いと思いますが、この歌は深い悲しみに満ちた短調音階で始まり心をぎゅっとしめつけます。しかし曲はやがて力強い長調に転調します、打ちひしがれた人々に再起!再生!のエールをおくるように…。
NHK朝ドラ「エール」より…古山裕一(古関裕而)の窪田正孝、古山音(古関金子)の二階堂ふみ
東京五輪「オリンピックマーチ」、NHKスポーツ中継テーマ曲、高校野球「栄冠は君に輝く」、早大・慶大の応援歌「紺碧の空」「我ぞ覇者」、巨人・阪神の応援歌「闘魂こめて」「六甲おろし」、歌謡曲「高原列車は行く」、ザ・ピーナッツ「モスラの歌」…
生涯に五千曲超!の作曲を手がけた古関裕而。高橋源一郎さん流には 「職業音楽家」、磯田道史さん流には「誂(あつら)える人」、そして刑部芳則さんの言う「戦前・戦中・戦後…どんな時代であれ国民をなぐさめ励ましてくれた国民音楽家」ではありましょう。
長崎の鐘 … 安田祥子さん(お姉さん)がいいですね。由紀さおりさんの三番のオブリガードも印象的!
【過去ログ目次一覧】
吾輩も猫である~40 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/58089c94db4126a1a491cd041749d5d4
吾輩も猫である~80 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/dce7073c79b759aa9bc0707e4cf68e12
吾輩も猫である81~140 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/f9672339825ecefa5d005066d046646f
吾輩も猫である141~ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/b7b2d192a4131e73906057aa293895ef
人生の棚卸し http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/ddab58eb8da23a114e2001749326f1f1
人生の棚卸し(2) https://blog.goo.ne.jp/00003193/e/22b3ffae8d0b390afee667c0e9ed92ed
かんわきゅうだい(57~) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/20297d22fcd28bacdddc1cf81778d34b
かんわきゅうだい(~56) http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a0b140d3616d89f2b5ea42346a7d80f0
閑話休題 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/c859a3480d132510c809d930cb326dfb
腎がんのメモリー http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/bee90bf51656b2d38e95ee9c0a8dd9d2
旅行記 http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/23d5db550b4853853d7e1a59dbea4b8e
新聞・TV・映画etc. http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/a7126ea61f3deb897e01ced6b3955ace
ごあいさつ http://blog.goo.ne.jp/00003193/e/7de1dfba556d627571b3a76d739e5d8c